芥川賞を受賞したベストセラー『火花』に続く2作目の長編小説『劇場』も30万部を超えるヒット! 自分の演劇を追求しようとする主人公とその彼女との恋愛物語に込めた、小説家・又吉直樹の思いとは?

沙希は、なにも人に恥じることのない人物。人として好きですし、やさしくて、女性としても素敵やと思いますよ

 ついに今をときめくお笑い芸人・小説家の又吉直樹さん(37)にも春が到来!? と思いきや、「沙希」とは、今年5月に上梓(じょうし)された又吉さんの作品『劇場』に登場する、ヒロインの名前だ。

『劇場』は、何年かの時間をともに過ごした若者ふたりを描いた小説。演劇を追求するために関西から上京した永田は、女優を目指す青森出身の沙希と出会う。物語は、ふたりの恋愛を中心に、表現者の苦しみや葛藤、夢を追う者の嫉妬や焦りなど、人間なら誰もが持っているであろう気持ちや感情をこまやかに書き込んだ作品に仕上がっている。

『劇場』又吉直樹著(新潮社/1300円+税) ※記事中の画像をクリックするとamazonのページにジャンプします

「ただの恋愛小説というより、惹かれ合うふたりと仕事の関係とか、ふたりを取り巻く社会との関係とか、いろいろな“関係性”を書いている作品でもあるんです。もともと人間と人間の関わりみたいなものにすごく興味があるんですが、恋愛って、当事者ふたりだけの世界で成立するものじゃなくて、仕事や周りの人の影響も必ずあるもの。それを表現してみたかった

 永田は沙希のアパートに転がり込み、彼女の作った飯を食べる“ヒモ”のような生活をしつつ、ときに彼女に八つ当たりしたり、自分の“正論”を激しく振りかざしたりする。そんな主人公に関して、又吉さんのもとには「周りに迷惑をかけているアホなやつ」という感想が少なからず届いているのだとか。

誰かのことを、“あいつはマジメで穏やか”とか“一見、毒舌で怖そうだけど本当は気のいいやつ”って表現するのはよくあることやと思うんです。でも僕は、そうした意見をなんの参考にもしない。だって、人間っていうのはひと言で表せる存在ではないから。

 僕自身、永田がどういうやつかは、正直なところ、ちゃんとわかってないんです。感情表現が下手くそなだけで、好きな人に対する愛情も、仕事に対する情熱もあるやろうし。僕は、永田という人物の将来に“なんかええことあったらええなぁ”という気持ちで、この小説を書いてました」

“好きな女性のタイプ”がない理由

 理想と現実の間でもがきながらも、夢に向かって進もうとする永田を、精神的にも物理的にも支えている沙希。生活の面倒をみつつ、永田の考えや発言を全面的に肯定している。冒頭でも答えてくれたように、もしかして、沙希にはズバリ、又吉さんの理想の女性像が投影されている?

「沙希がタイプそのものかといったら違う。僕、好きな女性のタイプっていうのはなくて、ただ、人間的に好きか嫌いかだけなんです。例えば、読書の話で言うと、“ミステリーしか読まへん”とか“恋愛小説は嫌いや”とか、いろんな決まりを作ってる人もいますけど、僕の場合、なんとなく、純文学に好きな本が多いだけ。おもろいかおもろくないか、それだけで、人の好き嫌いもそれと同じ感覚です」

 揺るぎない判断基準を持つ又吉さんだが、かつてはマジョリティーの波にのまれていた時期もあったという。