子どもにとって“社会の入り口”は親なのだ
子どもにとって“社会の入り口”は親なのだ
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 さらに「先端技術」は、予想しなかった問題も引き起こしている。それは、誕生した子どもの成長とともに露見し始めた。

「臓器移植なら、ドナーと患者1対1の関係ですが、生殖医療の場合、ドナーと受ける依頼者、そして新しく生まれる子どもという存在がある。彼らはまさに当事者にほかならない。なのに、本人の同意が取れないことがさまざまな問題を明るみにしました」

真実を知り、家族のトラブルに発展

 そう指摘するのは、生殖技術の発達が社会に及ぼす影響などに詳しい慶應大学の長沖暁子准教授だ。

「卵子提供で生まれた子どもには遺伝子上の母と産んだ母がいますが、民法上の規定はなく、子どもの法的地位に不安定さが残ります。また、妹からの卵子提供で子どもが生まれた後で姉妹関係が壊れてしまったケースなど、予期しなかったトラブルも起きている。さらに、卵子提供には、ドナー、妊娠者ともに健康上のリスクを伴うことも確かなんです」

 国内で最初の精子提供によるAIDが行われたのは1949年。これまでに1万人から2万人もの出生児が誕生したと言われているが、実数は定かではない。

「人工授精で誕生した子どもが大人になって、自分が父親と血がつながっていないことを知ってしまうケースが起きてきました。家族のトラブルに発展、生まれた子どもたちが自助グループを作って意見を発信するようになった。子どもはなんとなく“うちの家族には何かが隠されている”と感じるのです。

 ある研究者によると、事実を知るきっかけは、ひとつは親の病気か死亡、2つ目が離婚、3つ目が何か変だと思って問いただしたことでした。ただでさえ家族の危機的な状況で、自分が生まれたいきさつを知ってしまう。ダブルのショックで、よけい混乱してしまうんです」

 これまでは、精子提供で人工授精を行う医師でさえも「子どもには告知しなくても大丈夫」と言ってきたという。

「通常、自分がAIDなどで生まれたなんて想像がつかない。だから、すごく傷を抱えてしまう。子どもにとって社会の入り口は親。父と母がいて自分がいるという社会ですね。その根本が崩れる。そこからすべてを作り直していくのは大変なことです。

 最近では、AIDで子どもを持とうとする親の会では、“子どもたちに事実を告げていこう。血のつながりのない家族があってもいいんだ”という人たちも出てきました」

 子どもの出自に関して世界の潮流が変わったのは、1979年の国際児童年に『子どもの権利条約』ができてからだと長沖准教授。

「日本ではAIDで生まれた子どもしか発言していない状況ですが、アメリカでは卵子提供で生まれた子どもも発言し、技術を批判しています」

 生殖医療を選択した女性でも、ドナーでもない「当事者」は何を思うのか。その声は、想像以上に切実だった。