離れてから初めて気づく大切な味

 トラベルライター、カベルナリア吉田さんのソウルフードはジンギスカン。

「北海道生まれの僕の、いわば離乳食でした。サッポロビール園のジンギスカン食べ放題は、幼稚園児だと無料で。当時5歳の僕があんまり食べるので、最初は“坊や、よく食べるねえ”なんて言っていた店長の笑顔が、途中から消えたのを覚えています(笑)。それくらいヒツジは大好き! 僕の原点の味ですね」

 前出の松本さんは言う。

「ご当地グルメの中でも、その地方の人々の多くから、地元の味として認められたものが、よりディープなご当地食・ソウルフードなのではないでしょうか

 ソウルフードは、その地方、地域で育った人が日常的に食べているため、当たり前すぎて、地域独特な食べ物、食べ方と知らなかったという人も少なくない。

 フードライターの白央篤司さんは、こう語る。

「その土地を離れたときに、初めて価値に気づくことも。地元の人に話を聞くと“好きとかそういうものじゃない”なんて答えが返ってきたり……。それでも進学や就職で土地を離れて、しばらく食べない時期があって“あ、好きだったんだ”と気づいたという声をよく聞きます」

 身近すぎて気づかず、離れて初めて好きだと気づく。まるでラブストーリーのようだ。

もうひとつのソウルフード

 このように誰もがひとつは持つソウルフードだが、その本来の語源は、アメリカ南部で奴隷制を通して生まれた、アフリカ系アメリカ人の貧困と被差別を物語る黒人料理の総称ということをご存じだろうか。現在でもアメリカでソウルフードといえば南部の伝統料理を指す。

 またソウルフードには“労働者の飯”という側面もあり、アメリカ南部だけでなく、世界中に存在するという。ソウルフードに造詣の深い吉田悠軌さんは、

「日本では揚げ物など油を多く使った料理や、戦後、アメリカから安く入手できた小麦粉を主体にした“粉もの”がその代表。これらはアメリカ黒人同様に、当時の人々が必要に迫られて編み出した料理といえます。つまり安価でカロリーの高い料理は、当時の貧しい肉体労働者には欠かせない食事だったということです」

それぞれの物語を知る楽しみ

「食をたどるほどに、その土地を深く知ることにつながる」と向笠さんは言う。地域で愛される料理は、どのように生まれ、人々に受け継がれ、どのように変化しながら、今、私たちの目の前に提供されているのか。

 それぞれの料理に、物語がある。その物語は、地域を知るのみならず、より深く料理を味わい、楽しむための隠し味となるはずだ。