嘉島町で企業がみせた震災直後の意地

 熊本空港から車で30分、熊本市内からほど近い町が嘉島町(かしままち)。人口9000人強のこの町には、イオンモール熊本、サントリー熊本工場と大企業が2社もある。

「市内から近い地の利を生かした町作りをしてきました」

 そう言うのは31年間、町長として町を引っ張ってきた荒木泰臣さん。7月末には全国町村会長にも就任した。

 町長は地震後すでに4つの企業を誘致。また、前から決まっていた東京ドームより大きい家電センターの建設、20年計画で進めている70ヘクタールに及ぶ区画整理と住宅建設は継続していくという。

「嘉島は準農業地域ですが、農業従事者が減ってきています。規模が小さいと採算がとれないので広域農場を作って経営として成り立つようにしないと。同時に企業を誘致して働く人のために住宅を作る。農業と企業の2本立てで、住んでよかったと思ってもらえる町にしていきたい」

 一時は屋外避難者も含め、町民の3分の1あまりが避難していた。現在は約330世帯850人近くが仮設住宅、およびみなし仮設に住む。来年6月に向けて災害公営住宅の建設が進んでいる

 イオンモール熊本の活性化推進マネージャーである井手あゆみさんが当時を振り返ってくれた。

「当社が最優先に考えたのは、生活に必要な最低限のインフラをお客さまに提供できるようにしたいということでした。前震後すぐに外に仮設トイレを設置、軒先にテントを張って15日にはパンなどの食べ物、飲み物をあるだけ販売しました。当初はもう少し早く復旧できるはずでしたが、16日の本震で被害が拡大したんです」

 その後も軒先を使って食料品を提供した。全国のイオンから物流が結集、宮崎から10時間かかって荷が運ばれてきたこともある。20日には1階の食品売り場を一部再開、日用品を含め販売することができるようになった。

「町ぐるみでがんばりました。18日には敷地内の温浴施設『嘉島湯元 水春』が使えるようになった。大勢のお客さまが淡々と身体を洗っては出て、次へと譲っていく。その光景に人の温かさを感じ、心打たれました」

 イオンモール熊本には約160店の専門店が入っていたが、建物が使えないため、外にコンテナを作ったり通路にワゴンを置いたりして販売、工夫を重ねた。

「イオンモール熊本は嘉島町のシンボルのひとつ。その当社が営業できないと嘉島町がまだ地震から立ち直れていないと思われてしまう。地域インフラを担う商業施設としての使命があるんです。地域の中で発信基地にならなければいけないと思っていました」

 段階的にオープンを繰り返し、今年3月には西側のごく一部以外、映画館も含め全館オープンすることができた。この間、さまざまな復興イベントも行われたが、地域の復興支援として無償で場所を提供してきた。

「お客さまと顔を合わせて挨拶する。そういう日常がどれほど大事か、地震後はよくわかりました」

 9月から11月まではイオンモール熊本の敷地内で木下大サーカスが開催される。

 嘉島町には、中小企業が集まる熊本南工業団地もある。ここで24社が集う組合の長として活動しているのが(株)プレシードの社長・松本修一さん。自動車関連、半導体関連など各種生産ラインの開発、設計、施工などを行う会社である。

中小企業が集まる工業団地の組合長・松本さん。団地のために奔走した
中小企業が集まる工業団地の組合長・松本さん。団地のために奔走した
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「弊社含め、各社いろいろ被害がありました。組合事務所も全壊したので、なかなかすべてを把握できなかった」

 企業にとってスピードは命だと松本さんは言う。

「中小企業はすぐ動かないと、県外や海外の取引先から見放されてしまう。ここの経営者たちの動きは早かった。組合理事長としては水道や道路などの共有部分の被害を掌握するのに必死でした」

 起きたことはしかたがない、元に戻すのではなく、よりよく復興させようと松本社長は他の経営者たちにも言った。工業団地にも社内にも、これまでにない連帯感が生まれたという。