そこには、港区ならではの都会的なドライさ、ヒエラルキー社会という背景があると推測される。

 港区の高齢化率は高くないが、それでも65歳以上の高齢者が約4万3000人(2017年3月時点)も暮らしている。このうち単身高齢者世帯の割合は不明である。ただ2010年の国勢調査によれば、港区の単身高齢者世帯は約1万世帯だった。当時の高齢者の数が約3万6000人だから、単身高齢者世帯の割合は約28%として、現在の高齢者人口に強引に当てはめてみると約1万2000世帯となる。つまり、約1万2000人の独居老人がいると推定される。

 彼らの多くは貧しいため、富裕層の多い地域コミューンの中に入り込めていない可能性がある。実際、区の調査(2012年)では、緊急時に支援者がいない独居老人は全体の17%に上り、特に低所得者にその割合が高かったという。

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 港区ではそんな独居老人を含め、高齢者に生きがいを持たせるため、交流事業やシルバー人材事業を行っている。特に高齢者の就業率を高めるシルバー人材事業では、無料職業紹介所の「みなと*しごと55」など、地元企業で高齢者でも応募可能な求人を集めて提供し、実績を挙げている。しかし、シニアの再就職はどうしても男性中心になりやすい。そうなると高齢の単身女性は、生活を成り立たせるための収入の確保が難しくなる。そうして彼女らは地域との交流を絶ち、孤立した貧しい暮らしの中で健康を害していると考えられるのだ。

 都会は女性の未婚率も高く、高齢の独身女性世帯は今後さらに増えると予測されている。将来的な年金制度や介護への懸念もあり、こうした単身高齢女性の貧困による健康問題は、港区にとどまらず、23区全体でもますます深刻化していく可能性がある。

 世の中から健康や命の不平等を生む貧困はどうしたってなくならない。ただ、貧困によって後ろ向きになっている人たちに「貧しくても楽しい生活ができる」と思わせることはできるはずである。弱者が弱者と思わなくてもよい社会をつくりあげることが、健康格差の是正に有効な「処方箋」だろう。

(文/岡島慎二)

<プロフィール>
岡島慎二(おかじま・しんじ)◎1968年茨城県生まれ。フリー編集者・ライター。主な著書に『地域批評シリーズ』(マイクロマガジン社)など。地方自治、まちづくりなど地域問題を筆頭に、日本が抱える社会問題に舌鋒鋭く持論を展開する。近刊に『東京23区健康格差』、『東北のしきたり』(ともにマイクロマガジン社)。