目の前のことを必死にやるだけ

 よき話し相手だった息子の正嗣さんは14年前に渡米。大学院を卒業して障がい児の特別支援教育に携わっている。

 渡米して間もないころ、帰国しようかと悩んで母に相談したら、こう諭された。

「いつでも帰っておいで。ただ、負けて帰ってきたらあかん。とにかく、今日1日を生きなさい。今日1日だけ生きるんだと思えば、明日も来週も来月も生きられるから」

 アメリカの障がい者支援は日本よりさまざまな面で進んでいる。今では、正嗣さんは頼りになる相談相手だ。

’94年。2歳上の兄・正嗣さんは、いつもかのこさんを可愛がってくれた
’94年。2歳上の兄・正嗣さんは、いつもかのこさんを可愛がってくれた
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 脇谷さんは3年前、若き日の自分を変えてくれたオバチャンに再会した。

 お礼を言ったら、意外な返事が返ってきた。

「あれは私が言うた言葉と違う。幼い息子を抱えて嘆き悲しむ私に、先輩が言うてくれたんや」

 それ以来、脇谷さんは障がい児を抱えた若い母親に会うと、同じ言葉を伝えている。

「キーワードは、あんたが変わることなんやで」

 脇谷さん自身、困難に突き当たるたび、素直に学び、変わることで乗り越えてきた。

 そして、作家デビュー、ラジオのパーソナリティー、著書の映画化など、思いもよらない道が開けてきた。

 慌ただしくも充実した日々を送る脇谷さん。これからの夢を聞くと、「ないのよ」と即答した。

「ないっていうか、目の前に落ちてきたことを必死にやるだけです。もし、自分が死ぬ瞬間まで介護していても、私は不幸だとは思わないわ」

 笑顔で言って、ふと耳を澄ますと、かのこさんの痰を吸引するため、スッと立ち上がった。

※映画『キセキの葉書』全国公開中。詳しくは公式ホームページで。http://museplanning.co/movie-kisekinohagaki.html

取材・文/萩原絹代

はぎわらきぬよ 大学卒業後、週刊誌の記者を経て、フリーのライターになる。’90年に渡米してニューヨークのビジュアルアート大学を卒業。’95年に帰国後は社会問題、教育、育児などをテーマに、週刊誌や月刊誌に寄稿。著書に『死ぬまで一人』がある。