「一から作る」にこだわる理由

『カレーライス〜』のプロデューサー大島さんは、あの映画化監督、故大島渚さんの次男
『カレーライス〜』のプロデューサー大島さんは、あの映画化監督、故大島渚さんの次男
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 さて、映画『カレーライス〜』誕生のきっかけはなんだったのか。前田が説明してくれた。

「プロデューサーの大島が、関野さんから『カレーを一から作る』ということをゼミの学生たちとやっている、と聞いたのです。そこで“もしかしたらドキュメンタリーになるかも”とピンときました。関野さんって旅のスケールのダイナミックさがすごいですよね。そんな関野さんが、珍しくミニマムなことをやろうとしている。足元を見つめようとしている関野さんは面白いなと思ったからなんです」

 実は、このネツゲン代表の大島新(48)は、元フジテレビ局員で、『グレートジャーニー』のスタッフとして関野と仕事をした仲だった。大島が言う。

「’14年の1回目のカレー試食会に僕と前田で行ってみました。そのカレーは、まだトライアル的な感じで、みんな好きなようにやっていました。“甘みが足りないからリンゴを入れよう”なんてざっくりしていて。で、来年はもっとちゃんとやろうと関野さんは意気込みを見せていました。関野さんの授業はいつも400人も集まるほどの人気。その授業で“一からカレーを作ろうと思う。興味のある人は放課後集まって”と告知したら、150人くらい集まりました」

 ’15年の4月。そこから前田はたったひとりでカメラを回し始めた。

絶対、面白いという予感はあったんですが、何が起きるかわからない。突発的なことにも対応できるように、私ひとりでカメラを持って現場に通うことにしたのです」

 前田は、テレビのドキュメンタリー番組のディレクターをこなしながら、撮影を続けた。畑を作り、種を蒔き、家畜は何がいいか話し合い、見学に行く……。

「関野さんは来る者は拒まず、去る者は追わずなんで、途中で学生がバラバラといなくなったりしました。興味本位で“面白そう”と入ってきた子はみんないなくなる。映像を撮っている私にとって被写体がいなくなるのは困った事態でした。結局、本当に本気でやりたいと思った子たちだけが残ったのです」

 野菜がうまく育たない。なんで育たないのか人に話を聞いてみる。化学肥料を使えばいい。いや、それはダメ。じゃあ、有機肥料はどうすれば作れるのか。生ゴミを利用してできないか。それはどうやればいいのか……。

「取り組んでいる学生たちの日々の“気づき”が羨ましいと思いましたね。よくそんなに真剣に向き合えるものだと感心しました」と前田は言う。

 肉にする家畜は、最初ダチョウを3頭飼ったのだが、飼育が難しく、1か月で3頭とも死んでしまう。そこで、9月から、ほろほろ鳥と烏骨鶏を飼い始めた。そして、調理する日が迫り、鳥を殺していいのか、話し合いが始まる。前田が言う。

5月、青梅で畑作りの指導を受ける学生たち。野菜のこと、種のこと、雑草のこと、知らないことだらけだ
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「議論になったとき“生をまっとうさせたい”という意見が出ました。“まっとう”って何なのか。そしたら、野菜には命はないのかという意見、次に“僕たちの都合で殺してもいいのだろうか”という話になった。 

 野菜も米も食べ物のほとんどは人間の都合で消費されている。そうした人間の“都合”を否定することは難しいけれど、そのことを自覚するかしないかには、大きな違いがある。撮影しながら、私はそう考えた。それが私の“気づき”だったんですね」

 番組は、1時間番組で放送されたが、その枠では収まりきれなかったこともあり、映画化されたのだった。