国際電話でプロポーズ。夫婦で五輪へ

 歴史的出来事を体験した翌日、渡部は由梨恵さんに1本の電話をかけた。

「結婚してくれないか」

「はい」

 彼女は思わず、そう答えていた。

「本当は日本に帰ってメダルを私に見せながらプロポーズしようと思ってたみたい(笑)。でも暁斗はソチの後もワールドカップ転戦でしばらく日本には帰れなかった。それで“とりあえず電話で”ということになったようです。それまでも会えないことが多くて、最長で5か月という時もあった。私が“会いたい”と言ったら“お互い好きなことをやってるのに(競技と自分の)どっちもとりたいというのは贅沢だ”って諭されたこともありました。それくらい冷静な暁斗が結婚を決意してくれた。それが何よりもうれしかったですね」と由梨恵さんは微笑んだ。

妻・由梨恵さんと。時間がある時は2人でカフェに出かけることが多い。自然体の夫婦だ
妻・由梨恵さんと。時間がある時は2人でカフェに出かけることが多い。自然体の夫婦だ
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 ’14年9月に結婚式を挙げ、二人三脚で4年後の平昌へと進み始めた渡部夫妻。夫のほうは家事をこなしてくれるパートナーができて競技により邁進できるようになった。が、妻は活動費捻出のため結婚前同様にアルバイトを続け、主婦業と練習も掛け持ちしていたから、どうしてもアスリートとしての時間が不足する。約1年が経過したある日、多忙すぎる様子を見かねた夫がこんな提案をした。

「今のままでは(五輪を目指すのは)ムリだよね。スキー1本でやったらどう。ご飯さえ作ってくれれば、遠征費は出すよ」

 これを機に由梨恵さんはアルバイトをやめ、’15-’16シーズンから練習に集中。成績が格段に上向いた。’16-’17シーズンは東京と長野を行き来してトレーニングにいそしみ、「’16-’17、’17-’18シーズンのワールドカップで12位以内3回、10位以内2回、8位以内1回」というSAJの平昌派遣基準を1年でクリアするまでになった。そして五輪を翌年に控えた2017年5月、由梨恵さんは日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援を活用して、ルネッサンスキャピタルグループと契約。東京に拠点を移してラストスパートをかけている。2人で過ごせるのはオフシーズンの週末だけになったが、渡部のポジティブシンキングはどんな時も変わらない。

2人がお互いに理解し、リスペクトしあいながら暮らすことで、人としての器も広がったかなと感じます。今は一緒にいられるのが年間100日もないけど、これが永遠に続くわけじゃないですからね。たまに僕が食事を作ることもあります。最近のブームは無水鍋で作ったカレー。簡単だし、奥さんも喜んでくれてます」と彼は目を細める。