冬冬冬夏! 毎日でもスキーをしていたい

 ともに高みを目指す妻に刺激をもらいながら渡部は着々と金メダルへと邁進している。「ソチからの3年半ですべてが変わった。自分自身が別人のレベルに達している」と本人が言い切るほどの変化があったという。

驚異的な心肺機能の原動力はこの練習にある
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 精力的に取り組んだのがトレーニングの改善。ソチの直後からロードバイク、マウンテンバイクを導入。クロカンにつながる持久力のベースアップを図った。さらに身体の使い方、筋肉の動かし方も根本から見直そうとヨガやピラティス、TRX(ファンクショナルトレーニング)などにもチャレンジ。細かい部分までメンテナンスをして、より大きなパワーを出せるように仕向けてきた。

「僕は“変わることへの好奇心”がすごく旺盛なんで、ホントにいろんな練習に手を出しました。身体能力の数値自体はそんなに変わっていないけど、自分の持てる力をより効果的に使えるようになった。意図しているわけじゃないけど、五輪前の2年間は毎回いいサイクルできている。今回も2017年2月のW杯札幌大会、3月のオスロ大会の個人ラージヒルで優勝し、その間に行われたフィンランド・ラハティでの世界選手権の同種目で銀メダルをとれた。それは自分にとってすごくいいことですね」と平昌を1年後に控えた2017年春、彼は目を輝かせた。

 迎えた2017年夏。渡部は勝負の半年間をどう過ごすべきか思いを巡らせていた。北野建設には横川朝治監督と荻原健司部長、全日本にも河野コーチといった指導者はいるが、トレーニングの流れとメニューを自ら考え、実践するのが渡部流。自らアクションを起こせる選手こそが強い。それが彼の哲学である。

「オフシーズンは週6日、合計10時間練習するのが基本。長い日は3時間やって、ほかの日を少なくするとか、無計画計画(笑)。すべて自分で判断します。すべてコーチの指示に従うというのは僕は好きじゃない。一般社会でもそうですけど、自己判断できる人間じゃないと結果は残せない。自分に何が必要かを考え、掘り下げる作業が大事だと思ってます」

 頭を使う作業が行きすぎて7月上旬に地元・白馬で行われたサマージャンプ大会のクロカン競技中に熱中症でダウンするというアクシデントに見舞われたが、それもひとつの経験と前向きにとらえている。多少の困難があってもくじけないのは、根っからスキーが好きだから。五輪もW杯も「遊びの延長」という意識があるからこそ、渡部は常に前進を続けていられるのだ。

「五輪のためにスイッチを入れる選手ってたくさんいますけど、僕にはその感覚がわからない。いつも自然体だからスイッチがいらないというか、毎日でもスキーをしていたいんですよ(笑)。四季も“冬冬冬夏”くらいがちょうどいい。マウンテンバイクもやってるから夏も好きだけど、雪が解ける春とか降らない秋はいらない。引退したらノルウェーとか北欧に住めってことですかね」と本人は冗談まじりに話したが、そのくらいジャンプとクロカンが生活の一部になっている。

 夏場には、地元・八方尾根で1時間半かけて約1000mの高さをローラースキーで上がっていくという想像を絶するハードメニューを日常的にこなしていた。高い負荷をかけているのに心拍135~140を維持して平然とやってのけるのが渡部のすごさ。連日、ともに走っている弟・善斗も「暁斗は強い」と、しみじみ口にしていたほどだ。

「暁斗の安定した強さは本当に参考になります。でも複合選手としてまだ世界一ではない。それを彼自身もよく理解し試行錯誤を重ねているから進化できる。身近にいる暁斗が“さらに上がいる”と思わせてくれるのは非常にありがたいこと。それぞれが理想とする選手像を突き詰めていく中で、複合を面白いと思って見てもらえるような影響力のある選手になれたらいいですね」と自らも世界トップを目指す弟も兄に敬意を表している。

 こうして苦しみを厭わず、好きなものをトコトン追求し続けた先に、平昌の金メダルがあれば、まさにベストだろう。