しかし犬は人よりも早く歳を取ります。必然的に、一緒に外出してアテンドできなくなるという問題が生じます。現行の法律では、聴導犬は一頭しか飼えませんから、新しい犬にバトンタッチをしなければいけなくなります。すると引退をした今までの聴導犬はどうなるでしょう? 

 ペットという範疇(はんちゅう)になり、もしユーザーがペットを飼えない環境に住んでいれば、訓練施設に返さなければいけなくなるのです。

 どんなに愛していても離れ離れになってしまう……そのジレンマに立ち向かい、命ある限り、最高のパートナーであった聴導犬と暮らした、ある老人の話も本書で詳しく書きました。

気づけなかった音を教えてくれた

 またペットとして飼えるユーザーでも、別の問題が発生します。外出する際は、新しい聴導犬と一緒。引退した犬は家で留守番になります。そのことをあるユーザーに問うと、彼女は「今まで通りずっと一緒にいたい」と涙を流されました。

『聴導犬のなみだ  良きパートナーとの感動の物語』野中圭一郎著(プレジデント社)※記事の中の書影をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
すべての写真を見る

 死ぬわけでもないし、別れるわけでもない。ただ24時間一緒にいられない。そのことが悲しくてたまらないといった答えでした。耳が聞こえないユーザーと聴導犬がいかに深い愛情で結ばれているかを再認識させられました。

 本書の最後で、私は彼女にこんな質問を投げかけています。

「最後にひとつだけ。あみのすけ(聴導犬の名前)が来てくれて、一番うれしかったことは何ですか?」

 すると、こんな答えが返ってきました。

「私が今まで気づくことがなかった音を教えてくれたことです」

「気づけなかった音?」

「鳥が鳴いていることを教えてくれたのです」

 そうです。良きパートナーである、あみのすけは、彼女に、生活に必要な「危険な音」だけでなく、“その先”にある「潤いのある音」を教えてくれたのです。


野中圭一郎(のなか・けいいちろう)熊本県生まれ。東北大学文学部卒業後、大手洋酒メーカーに入社。広報部でPR誌などを担当した後、出版社へ。書籍編集部で恋人や人生エッセイ、タレント本やテレビとの連動企画などを数多くの話題作を手がけた後、独立。現在に至る。