夕暮れの世田谷の大学キャンパス──。授業を終えた学生たちが正門へと向かう中にひとり、明らかに高齢の男が交じっていた。

「あ、欽ちゃんだ!」

「バイバイまた明日」

「ビラどうぞ」

 周りの学生たちが、彼に声をかけ、ビラを渡したり、話しかけたりしている。年齢からしたら、名誉教授くらいか。いや、彼もまたこの大学の現役の学生なのだ。彼の名は、萩本欽一。そう、あの欽ちゃんなのである。

萩本欽一さん

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 今、76歳の萩本がさまざまな場所で「奇跡」を起こしているのをご存じだろうか。

 そのひとつが、2016年からNHKのBSプレミアムで不定期に放送されている番組『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』である。

 この番組は、テレビでおなじみの芸人や俳優たちに、萩本が修業時代に浅草で培った「軽演劇」のノウハウとアドリブによる笑いの極意を伝授するという実験的な番組。

 出演者は、劇団ひとり、澤部佑、河本準一、女優・若村麻由美、俳優・風間俊介、前野朋哉、さらに天才子役・鈴木梨央と、今をときめく人気者ばかり。

 彼らが、萩本の容赦ない無茶ぶりにどう応えるかが見どころである。

「たまたまNHKが僕に『コント55号』やってくれませんか、と言ってきたの。でも二郎さんはいないからできないよ、と答えたら、若い人とやってほしいと言う。だったら僕が、コント55号の軽演劇を若い人に教えるところをそのまんま番組にするならと引き受けたんです」

 軽演劇とは、テーマや物語に重きが置かれずに、娯楽性を重視した芝居のこと。萩本が修業した浅草で生まれた、身体を使ったコントで客を笑わせる芝居だ。

「今、テレビは言葉ばかりになってしまったけれど、軽演劇は身体や動きで笑わす芸。これが実にいい笑いなの。それを再現したかった」

 萩本は、NHKの依頼がある前から番組の企画は考えていたという。

「僕は面白いと思ったら、どんどん考えて作っていっちゃう。仕事が来ました、じゃあ何か考えましょう、ではうまくいかない」

 台本はなし。衣装と設定だけが決められていて、芝居はいきなり始まり、あとは萩本が指示を出し、それに演技者たちが対応していく。舞台の前には観客がいて、まさに軽演劇の劇場のムード。視聴者は、舞台稽古(ゲネプロ)を見せられている感覚に陥る。

「出演者は、何を無茶ぶりされるかわからないからすごく緊張してる。普段テレビでは絶対見れない顔だよ。その緊張が客席にも伝わる。だからこそ、そこから奇跡が生まれてくるんですよ」

 萩本以外は、とりあえず普通の稽古を重ねるのだが、本番で萩本がアドリブでひっくり返すのだ。

「例えば、衣装は学生服とランニングシャツで、妻が家出するのを止める芝居、というのをやらせるんです。卓球をするコントでも、『筋肉痛の人の卓球』とか、ひねった設定にね。すると、必死になって演じるでしょ。結果、物語というか台本が舞台から生まれていく。それが軽演劇なんですよ」

「出演者を緊張させると奇跡が生まれるの。見てる人がワクワクする番組を作りたい」現在取り組んでいるオールアドリブ番組『欽ちゃんのアドリブで笑』について熱っぽく語る

 ときには実際、奇跡のようなことも起きるらしい。

「若村さんが、15歳のときに別れた相手と15年後に再会するという設定で、うまい芝居を演ったのよ。相手は結婚しちゃっているという設定なんだけど、悲しそうな顔で“そうね。15年もたっちゃったんだもんね”と言って去っていく。僕はツッコミを入れようと思ったけど、止められなかった。お客さんがポロポロ泣いているんだもの。僕もグッときちゃった。うめえもんだな、と思いましたよ」

 この番組は、200人の客がスタジオで観劇するのだが、観覧希望者が急増し、8000通もの応募があるらしい。2018年春から、さらに本数を増やして放送される予定だという。

「これを僕の最後の番組にしたい。そう、ライフワーク。1年以上かけて作っていったら新たな奇跡が生まれてくるよ、絶対」

 萩本といえば、まずは’66年に結成された坂上二郎と組んだコンビ「コント55号」が思い浮かぶ。浅草の軽演劇からテレビに進出し、数多くのレギュラー番組でテレビを席巻した。

 ’70年代からは、萩本単独で活躍。オーディション番組『スター誕生』の司会に始まり、『欽ドン!』『欽ちゃんのどこまでやるの!』『欽ちゃんの週刊欽曜日』など高視聴率の番組を次々と送り出し、各番組の視聴率合計から「100%男」の異名を取った。また、野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」を結成して監督を務めたり、24時間テレビで70キロマラソンに挑戦したりと話題を集めてきた。