おひつの底には角がなく、端は丸みを帯びた形状。洗いやすく、乾きやすいので、常に清潔な状態を保てる
おひつの底には角がなく、端は丸みを帯びた形状。洗いやすく、乾きやすいので、常に清潔な状態を保てる
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「うちにお客さんを招いてご飯を食べていたら、“曲げわっぱは使ってないんですか?”って聞かれたの。そしたら、おっかさんが“あんなもの使えないわよ。重ねられないから場所とるし”って。栗さん真っ青よ(笑)。こりゃ片づけるときに重ねられるものを作らなきゃって思って、円錐形につながっていくわけ」

 栗久が誇る看板商品のひとつに「おひつ」がある。分厚い秋田杉が余分な湿気を吸収してくれるため、これに移しておけば真夏で2日、冬場なら3日間ご飯が傷まないそう。最大の特徴は内側の底に角がなく、なめらかになっているという点だ。

「昔は角があったんですよ。だけど購入したお客さんから、その部分にご飯が詰まってカビが生えてきたって言われて、こりゃいかんとアレコレ考えて改良したんです」

 また、現在では洗ったあとの手入れに関して、「3合なら50秒、5合なら1分、電子レンジにかけて乾かすだけ」と説明しているが、実はこれも、お客さんのひとりから教えてもらった方法だった。

「こっちはおひつのつもりでしか作ってないのに、“夏に氷水とそうめん入れたら具合がよかったよ”とか、四国のお客さんだったら“釜揚げうどんにぴったりだった”とか、やんなっちゃうよね。つくづく思うよ。いちばんのアイデアマンは、実際に使っているお母さんたちだって」

 今年で70歳になる栗盛さんが、次に目論んでいるのはなんと海外進出。「ニューヨーク向けの曲げわっぱを作ってやろうと思ってな」と、心底ワクワクした顔で語る。

海外向けに試作を重ねているワインクーラーの製作工程を見せてくれた
海外向けに試作を重ねているワインクーラーの製作工程を見せてくれた

「昔は外部に委託して海外の展示会に出展してたんだけど、あまりにフィードバックがお粗末で、お客さんの顔が全然見えてこない。だから英語なんてできやしないけど、ここ数年は自費でニューヨークに行って展示会を開いてるの。そしたらいろいろ見えてきたよ。例えばコーヒーなら、こっちのLサイズが向こうのS。そんなところに日本サイズのカップ持ってっても、そりゃあ欲しがらないわな」

「ユーザー目線のモノ作り」とまとめてしまうことは簡単だ。しかし栗盛さんは「ユーザーの視点に立った“つもり”」で考えるのではなく、常に商売の最前線で「現代を生きるユーザーから“教わる”」という姿勢を貫いている。

 それを支えているのは、父から受け取った「ないモノを作れ」という言葉だ。

「伝統工芸っていうのはね、その時代その時代のお母さんたちが“使いやすい”って思って、お財布の口を開いてくれたからこそ、ここまでつながってきたわけ。そうでなければ、伝統工芸とすら呼ばれることなく、とっくに滅んでる。だから栗さんは、いつでもお母さんたちの声に耳を傾けているの。小さな不満や要望を拾い集めて、これまでになかったもっといい商品を作っていく。飾りモノじゃないのよ、伝統工芸は」

<プロフィール>
栗盛俊二さん◎栗久6代目。伝統工芸士、現代の名工にそれぞれ認定。曲げわっぱの概念を覆す商品を次々と発表し、うち18点がグッドデザイン賞、9点がロングライフデザイン賞を受賞