担任クラスをもつ保育士は、基本的には4月から翌年3月までの年度を同じクラスでみる。年度中に保育士が異動することは、子どもたちへの悪影響が予想されるためだ。

 しかしトモさんと他のクラス担任の人間関係がうまくいかず、トモさんが何度あいさつをしても無視されるようなギスギスした関係になっていた。12月での退職を求められたということは、その関係を3月末まで続けるなという意味である。

 トモさんが勤務を続けたいと主張すると、上司は1週間ほど様子を見せてもらうと言った。だが上司は実際に保育場面を見に来ることはなく、それなのにトモさんには「主担任とうまくできないので続けるのは難しいと思う」と告げた。

 トモさんが「どこで見ていたんですか?」と聞くと、上司は「園内の監視カメラで」と返答。しかしカメラは園内に複数あるために、画面が数秒おきに切り替わる。トモさんだけをカメラで見続けることはできない。体よく追い払われたかっこうだ。

 退職後にトモさんが再就職した4つ目の保育園は、企業が運営していた。入社式がホテルの大ホールで行われ、国会議員なども来賓として呼ばれていた。表向きは立派な様子だったが、ぎりぎりの人員配置で保育士が休憩なく働いていた。園長が職員にも園児たちにも、大きな声で毎日のように怒鳴る園であったという。

 職員の離職率が高く、1カ月もたない人、欝で退職する人などが続出。トモさんが勤めた2年間でほとんどの正規職員が入れ替わったという。その一方で退職希望を出したベテラン保育士が、「辞めさせてもらえない」という状況もあったという。

 トモさんの話ではこの園では給与の支払いミスが続発していた。トモさんの出勤日数を数え間違えられて、給与が少ないなどのケースがあり、退職後に本部に問い合わせた。「担当者に伝える」と言われたが、その後連絡が来ない。

 1週間にわたって4回ほど問い合わせてやっと振り込まれたという。本部職員は「システムトラブルだった」というが、トモさんは「私が問い合わせなければ、間違いに気づかなかったのではないか」と話した。

保育園独特の職場環境の閉鎖性にメスを

 ここに記したのは保育経験10年足らずのトモさんひとりの経験談である。あまりにも過酷であり、「トモさん個人になんらかの問題があるのではないか」と疑いたくもなるだろう。たしかに、本人にも問題はあったのだろうが、それにしても酷すぎるといえないだろうか。

 こうした過酷な職場の実態について書くと、たいていは「命を預かる保育士の仕事は使命感をもって取り組むべきもの。苦労があったとしても子どものために乗り越えるべき」という批判が来るのだが、そんな精神論で済まされるレベルの話ではないことがトモさんの経験からもわかるだろう。

 いじめや賃金未払いといった問題が起こっている現場を放置しておいて、「使命感」で片付けるのは無理がある。まずは、保育園ならではの職場環境の閉鎖性にメスを入れて透明性を持たせる必要があるだろう。トモさんの話からは、園児の健康被害やケガなどにつながりかねない危険性が透けて見えてくるからだ。

 トモさんは、それでも「次も保育現場で働きたい」という。子どもたちの笑顔に出会える保育の仕事は大きなやりがいに満ちているからだ。その気持ちが搾取されるような厳しい環境のなかで、保育士たちは毎日、子どもを守り続けている。


大川 えみる(おおかわ えみる)◎保育ライター 西日本の民間認可保育園の元園長。保育士・幼稚園教諭を養成する短大・大学の講師を歴任。園長と教員の経験をもとに、保育現場から社会の動向を読み解く。「保育士給与増額署名」呼びかけ人。日本保育学会、日本乳幼児教育学会会員。各地で就職セミナー、保育者研修なども行う。著書に『ブラック化する保育』(かもがわ出版)、教材DVDに『事例で学ぶ!保育トラブル111分完全密着解決マニュアル』『保育のブラック化をこえて』(ともに医療情報研究所)などがある。公式ブログ「大川えみるの保育日誌」。