保守派への配慮なのだ。他の法律を通すための「駆け引き」と言ってもいい。

 つまり、「家」制度を廃止する変わりに「祭祀条項」を入れ「財産相続の別枠」とすることによって、「家」制度擁護を強行に主張する保守派の抵抗を弱めるための妥協的政策だったのだ。

 推進派は保守派に、ここで廃止するのはあくまで「法律上の家」制度だと強調した。「我が国古来の淳風美俗とされた家族・家庭生活を否定するものでも、また祖先の祭祀を重んじる国民感情や習俗をなくすものではない」と、この「祭祀条項」を掲げながら、建前上の詭弁(きべん)を言ったのだ。

「祭祀条項」を置くことで他の民法改正が一気に進むのであればそれでよい。新憲法に従い、自由に生き方の選択肢を増やそうと思っていた改正派の人々にとっては、福音とも言えたのだ。実際「この規定があることによって、民法に対する攻撃とたたかうのがある程度楽になったとするならば、霊験あらたかな規定」であるとまで言われた。

井戸まさえ=著『日本の無戸籍者』(岩波書店)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
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 しかし、実際はそう甘くはなかった。結局、保守派が望んだように、民法897条の「祭祀条項」は「家制度」温存の「隠れ蓑(みの)」とされ、特に相続編の「身分関係変更による生前承継」の規定は、「民法をよく検討した人でなければ見つけることができない」といわれるほど、親族法の各所に細かく分散して、今の今まで生き続け、特に「嫁」と呼ばれてきた女性たちを縛っているのである。

「祖先の祭祀は氏を同じくする者によって主宰される習俗を尊重するものであって、氏に結びつけられた法律効果であることは明らか」だったと言われるように、それは「夫婦別氏制度」への転換がうまく行かないことにもつながっている。

 実は、日本は伝統的に夫婦は別氏で、同じ氏と決まったのは明治31(1898)年のこと。むしろ最近の話なのであるのだが、こうして見てくると、法律制定時の二派の闘いと、立法時にいくつもの仕組まれた「罠」と「穴」が、今も私たちの暮らしの中で作用していることに気がつくのである。

(文/井戸まさえ)

<プロフィール>
井戸まさえ
1965年生まれ。東京女子大学卒業。松下政経塾9期生、5児の母。東洋経済新報社記者を経て、経済ジャーナリストとして独立。兵庫県議会議員(2期)、衆議院議員(1期)、NPO法人「親子法改正研究会」代表理事、「民法772条による無戸籍児家族の会」代表として無戸籍問題、特別養子縁組など、法の狭間で苦しむ人々の支援を行っている。近刊に『日本の無戸籍者』(岩波書店)。