「怒るという行為は、相手の人格を攻撃するということ。人に備わっている防御本能から、怒りやすい人と一緒にいると、相手を怒らせないように、いら立たせないように、いつも顔色をうかがうようになりますよ。そんな相手と結婚生活を送るのは疲れるんじゃないですか?」

「わかりました。彼と結婚して本当に幸せになれるのか、もう一度よく考えてみます」

 年末の相談のときは、こう言って帰っていった。

婚約、成婚退会、新居購入後に破談

 そして、先日、再び相談にやってきた。入会したいという。

「あれから結局お付き合いを続けていました。そして、12月にプロポーズされて、結婚相談所を成婚退会したんです。その後、それぞれの親にあいさつに行って、新居のマンションまで購入しました。ところが3月に入って、彼から婚約解消を言い渡されたんです」

 こういうと知恵は、あふれ出てくる涙をハンカチで拭った。

「前回相談に来て、いろいろお話を聞いて、“やっぱりこのお付き合いは、やめたほうがいいのかな”とも思いました。でも、彼にもいいところがある。怒らないときは、優しい人なんです。それにキレて罵詈雑言を並べたてるけれど、私には決して暴力を振るわない。仕事にはまじめで、稼ぎもある。怒るところさえなくなれば、理想の人だった。だから、別れられなかった」

 そしてなにより41という年齢が、まとまりかけた結婚を壊す気持ちに歯止めをかけた。

「彼と別れたら、次がいつ現れるのかわからない。今結婚すれば、最後のチャンスで、子どもも授かることができるかもしれない。ならば、私が彼を怒らせないように気をつければいい。私が彼に愛情を注いで生活をしていくうちに、怒りやすい性格も直るんじゃないかって思ったんですね」

 そう思って付き合いを続けていった。キレてケンカになるのはしょっちゅうだったが、その都度仲を修復して、婚約までこぎつけた。

 ところが、ある出来事が決定的な破局につながった。

 則雄の家に遊びに行ったときのこと。ある新興宗教団体が発刊している小冊子がテーブルの上に置かれていた。ソファーに座ってテレビを見ていた彼に聞いた。

「この宗教に入っているの?」

「ああ、名前だけな。両親は熱心にやっているけれど」

「私、その団体は好きじゃないよ。結婚して家計から寄付金を出すとか嫌だからね。それに、どんなに勧められても私は入らないよ」

 その一言が、また怒りを買った。

「なんだ、その言いぐさは! 俺はしぶしぶ名前だけ入れてるんだよっ!!」