大輔が麻里子さんの家に転がり込んできて、3年が過ぎた――。大輔は、これまで子供の前で暴力を振るったことはなかった。しかし次第にエスカレートして、平然と暴力を振るうようになっていった。

「子供の前で、私に暴力を振るった時に、これはマズイと思いました。葵は泣いてましたね。とにかくワンワン泣いていて、すごくかわいそうでした。あとで、葵の布団に入って、“ごめんね、ママ大丈夫だからねと、もう寝よう”と言って寝かしつけました」

 麻里子さんにとって心身ともに限界が近づいていた。子供が見ている前での面前DV。日々、増え続けるあざ。そして、激しい暴言――。

 自分はDVを受けているのだと、自覚し始めた。それは、これまで目を背けていた現実だった。それに向き合う時がきたのだ。

避難前日に起こった事件

 そして、大輔に隠れて、職場でDV関係の本を休憩時間に読み漁った。職場は、唯一大輔と離れられる場所だった。麻里子さんは、それらの本を参考にして、記録として日々、日記をつけることにした。裁判などに備えるためのDVの記録だ。そして、警察や女性センターにも相談に行った。

 事情を知った警察に避難を勧められ、ようやく、DVシェルターへの一時避難を決意した。そして、明日避難というその前日に、ある事件が起こった。

 スポーツ少年団の帰りに、大輔が、スーパーの駐車場で娘を蹴り上げたのだ。

「練習のことで、いちゃもんを付け始めたんです。子どもの中ではなんで怒られてるかわからなかったと思うんですよ、娘は、いきなりお腹を蹴られて、庇おうとして、手にあざができたんです。これはマズイ。もう一刻も早く逃げなきゃと思いました」

 麻里子さんに手をあげたことはあっても、これまで葵にまで手を上げたことはなかった。一線を越えてしまった、とにかく早く逃げ出そう――麻里子さんは、そう思った。

 さらにその夜、娘の容態を心配する言葉を発すると、麻里子さんも太ももを蹴られ、頭をグーで殴られた。あと、数時間だ――。数時間で警察がきて、この生活からさよならできる。そう思いながら、嵐が過ぎるのをひたすら待った。麻里子さんの人生で、一番長い夜だった。