物語を立ち上げるまでには、名作に登場するキャラクターの影響も受けたという。

「振り返ってみると、『男はつらいよ』シリーズの寅さんとか、『釣りバカ日誌』のハマちゃんとか、あまり働かないのにみんなに愛されている社会人がいますよね。

 私自身、心のどこかでそういう生き方を求めていたこともあるのでしょう。女版『釣りバカ日誌』のような作品にしたいと考えるようになり、結衣というキャラクターが生まれました」

いつの時代も働き方に正解はない

 結衣が所属する部署は、ブラックな上司にふられた無謀な案件に苦しめられることになる。一方、物語の中には、随所に第二次世界大戦中に杜撰な計画で多くの犠牲者を出したインパール作戦の記述がある。

笑顔で語る朱野さん 撮影/北村史成
笑顔で語る朱野さん 撮影/北村史成
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猛烈に働く人が企業戦士と呼ばれたりもしますし、家に帰りたくても帰れない状況という意味では会社員と出征兵士は似ていると思いました。インパール作戦は、食料や武器の輸送力を必要の10分の1しか確保できていない中、精神論だけで突き進んでいくんです。

 結衣たちがふられた案件も見積もりの時点で失敗が確定しているようなものなのに、負けを承知で仕事をこなさなければなりません。引き返すことができない恐ろしさという意味でも、インパール作戦と共通するものがあると思いました」

 結衣とは真逆の働き方をしているのが、同僚となった元婚約者の晃太郎と結衣の父親だ。ふたりとも、会社に人生を捧げているような働き方をしている。

「必ずしも、定時に帰る結衣が絶対的に正しいわけではないと思うんです。実際問題として、晃太郎や結衣の父親のように、修羅場を頑張って乗り切ってくれる人がいないと会社は回りませんから」

 朱野さん自身、父親の働き方に少なからず影響を受けているという。