着席して、メニューを見ながら好美さんが聞きました。

「北島さんは、お昼は食べてこられたんですか?」

 すると、彼が明るい声で言い放ちました。

「ええ、ここに来る前に、H屋でラーメンの大盛りと餃子を食べてきました。大盛り無料券があったんで、それを使って。知っていますか? H屋」

 H屋というのは、390円ラーメンが有名なチェーン店の中華食堂です。そこで食事をすると、帰りがけに『麺類大盛分70円無料券』『ライス大盛分60円無料券』『味付け卵100円を半額券』をくれるのです。

 その話を聞いて、好美さんは見ていたメニューをパタリと閉めました。“この人の前で、1600円するミックスサンドを頼んではいけない”と思ったからです。そして、オーダーを取りにきたウェイトレスに言いました。

「コーヒーください」

 北島さんも同じくコーヒーを注文しました。

 なんだか、すっかりシラけてしまい、話を切り上げて帰ることばかりを考えていました。しかし、時が経つのは遅く、1時間のお茶が3時間くらいに感じられるたそうです。

 さらにお会計の段になり、彼が伝票をもってレジでお会計を済ませたので、店の外に出てから、「あの、お支払いは?」と聞いたそうです。すると、彼は、好美さんにレシートを見せて、金額のところを指差しながら言いました。

「え〜と、700円ですね。消費税分はいりません」

 息の根が止まりそうになりながらも、急いでお財布から500円玉1枚と100円玉2枚を取り出し渡しました。