近所のドラッグストアの店員は、容疑者が弟用の紙オムツを大量購入していく姿をよく見かけた。近くのタクシー会社のスタッフは、父親の月命日に母親を墓参りに連れていくため、会社まで訪ねてきた姿をよく覚えている。限られた生活費から迎車料金を節約している様子だった。

 容疑者の唯一の楽しみは、行きつけの飲食店で月1回程度たしなむ晩酌だった。母親と弟に食事をさせて寝かしつけた後、「オレの食うもんがなくなっちゃったからマスターお願いね」と笑って腰かけ、生ビールをグイッとやる。つまみは決まって、鶏の手羽先とあさりバターの酒蒸し。たまにウイスキーの水割りも。

智宏容疑者が行きつけの飲食店でよく頼んだメニュー。左手前から時計回りに、あさりバターの酒蒸し、ウイスキーの水割り、生ビール、鶏の手羽先
智宏容疑者が行きつけの飲食店でよく頼んだメニュー。左手前から時計回りに、あさりバターの酒蒸し、ウイスキーの水割り、生ビール、鶏の手羽先
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「疲れた様子は微塵も見せず、陽気な方でね。“いま弟は医者に酒を止められているから飲めないけど、解禁されたら連れてくるからよろしくね”って言って。最近は、好きだったタバコもやめたと言っていました」(飲食店の店主)

 お勘定は千数百円。翌朝が早いので長居はしなかった。

 駿河湾に臨む高台に川合家の菩提寺がある。雅和さんの葬儀は26日、同寺でしめやかに行われた。参列者によると、喪主は東京に住む雅和さんの長男が務め、次男と前妻、高校の同級生や大手家電メーカーの元同僚ら約20人がその死を悼んだ。そこに母親の姿はなく、現在は高齢者施設で暮らしているとみられる。

 マンションの住人が言う。

「ひとりぼっちになってしまったお母さんに会いに行ってあげたい。生きているあいだに智宏さんが刑期を終えて出所できるかわからないが、住民で裁判所に嘆願書を提出し、少しでも罪が軽くなるようにできたらと思っています」


やまさき・のぶあき 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物などさまざまな分野で執筆している