また、マンホール以外にも、故郷を盛り上げるために、こんなこともしていた。

「私たちが持っている静岡市役所の名刺には、さくら先生のオリジナルの絵が描かれています。すべて静岡の名所や名産品です。名刺の裏には、直筆のメッセージも書かれています。

 あとは、『まるちゃんの静岡音頭』という曲の歌詞をさくら先生が作詞してくださいました。静岡市役所のエレベーター内でも流れています」(静岡市役所広報課)

 作中の『まる子』は小学校3年生だが、当時の彼女もまる子のキャラクターそのまんまだったという。

「小学校のときは、おかっぱで赤いつりスカートをはいて、本当に“まるちゃん”そのものでしたね。学校では目立つほうではなくて、隅っこにいる控えめな女の子。教科書の端に落書きして遊んでいるような感じでしたよ」(小学校の同級生)

頑なに守り抜いた私生活

『ちびまる子ちゃん』は、当たり前のような日常を子どもらしい鋭い感性でほのぼのと描いていく独特の世界観がウケ、瞬く間に人気漫画となった。そして時を同じくして'89年に当時の編集担当者と結婚。'94年に長男が誕生した。

 しかし'98年に離婚し、女手ひとつで育てることになる。都内の高級住宅地にある自宅近くに住む男性は言う。

「ひとりっ子ってこともあって心配性だったかな。お父さんっていう存在がいないぶん、自分でしっかり面倒を見なきゃって思いがあったんだと思う。

 穏やかな人だけど、息子さんが携帯ゲームのしすぎでお金を使いすぎちゃったときなんかはちゃんと叱ることもあったみたい。あとは、息子さんがアトピーだったから、食事には気を遣ってあげてたね」

 '90年にアニメ化され、すっかり国民的漫画となった『ちびまる子ちゃん』だが、さくらさんは頑なにプライベートを守り続けた。

 離婚後のここ20年ほどはメディアに顔を出すことを控え、不用意に周囲に本名を明かすこともなかった。