白鵬稀勢の里の取組はいつも場内が荒れる。白鵬にとっては完全にアウェイで、酷いときには「モンゴルへ帰れ~」などヘイト野次が飛び交い、稀勢の里のしこ名を連呼する大コールが巻き起こる。

 私は「99%アウェイになるだろうから、気持ちを強く持とう」と覚悟して国技館に行った。ファンとは、そういうものだ。

 ところが違った。

 白鵬稀勢の里が土俵に上がっても、以前のような異様なコールが巻き起こることはなく、白鵬へ、稀勢の里へ、同じぐらい声援が送られた。私は聞こえなかったが「ふたりとも頑張れ!」という声援があったそうだ。

 結果、白鵬の圧勝だったが、勝ち負けを越えた圧倒的な相撲愛のようなものが感じられ、会場の空気がものすごく温かかった。ふたりが「横綱として初めて」土俵で戦い合い、その喜びが爆発して、場内にその空気があふれていたのだ。なんだか、私は涙が出てしまった。

 白鵬は大記録を作った。しかし、決してそれは一人で作ったものではない。

 朝青龍がいて、稀勢の里がいて、鶴竜、日馬富士、琴奨菊、豪栄道、栃ノ心……多くの偉大なチカラビトたちと土俵の上で戦い合って築いた記録だ。

 ちなみに14日目の優勝を決めた直後のインタビューでは、笑顔というより表情はまだまだ戦いの顔つきだった。

「狙うは全勝優勝」という、白鵬はすでに幕内1001勝目に向かっている、それが見てとれてゾクゾクした。この人はなんとすごい人だろう! 同じ時代に生きて、白鵬相撲が見られることが本当に嬉しい。


文/和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。