夜中でも、沈黙30分でも電話相談

 終始、穏やかな表情で話す根本さんだが、実は14年間、自殺願望のある人の相談活動に明け暮れてきた。妻の裕紀子さんによれば、相談の受け方が凄(すさ)まじいという。

「午前中、お寺で相談を始めても夜までかかって結局、泊まっていかれる方もいました。電話による相談も多かったですね。夜にかかってくることが多くて、話が終わったかと思ったら、また別の人の電話を取り、一段落しても夜中1時を過ぎても違う人から電話がかかるという状況でした。東京などにも相談者がいて、必要に応じて会いに行ったりすることもありました」

 とにかく時間を惜しまず、とことん話を聞くのだ。

 根本さんは、何枚もの模造紙を見せてくれた。相談者が話した内容を書き留めたメモだ。いくつもの色で字が書いてある。理由を聞くと、話をしたときの感情で分けているという。例えば、赤は興奮しながら話した内容、緑や青は淡々と自然な感じ、紫はナイーブな感じ……と分ける。色を見ながら気持ちの変化がひと目でわかるのがいいという。

相談者が話した内容をひたすら書き写して問題を整理。書きながら質問を考えていく
相談者が話した内容をひたすら書き写して問題を整理。書きながら質問を考えていく
【写真】「旅だち」体験の様子、根本さんの学生時代など(全10枚)

 根本さんが納得いくまで尋ねるのが、「死ななければならない理由」である。

「死ぬって言っている人に説明してもらっても、納得できる回答をくれる人ってほとんどいません。疑問を投げかけていくと説明しきれない場合もあって、“これで死んだらバカですかね?”とか“こんなことで死ぬなんて笑っちゃいますよね”と言い始める人もいる。そんなとき私はこう言うんです。“それなら、死ぬのを先延ばししてもいいんじゃないですか?”って」

 ただ、その気づきにたどり着くまでには時間がかかる。心の中を整理して言葉にするまでの間、ずっと沈黙が続くこともあるという。沈黙はときに30分に及ぶ。

 話だけで難しい場合には、体験によって気づくこともある。前記の「旅だち」で、どの質問にも答えられない男性がいた。自殺願望が強く、未遂を繰り返していた人だ。

「やり残したことがないということは、まだ生きてもいなかったんだと。生きてもいないのに死ぬわけにはいかないですねって。そのとき彼、目から鱗(うろこ)が落ちたと言っていました。それ以来、彼は自殺未遂をしなくなりました」

 相談者との面談では、座禅を取り入れることもある。有名企業に勤務する20代後半の島田理津子さん(仮名)がそうだった。初めて大禅寺を訪れたとき、身体が重そうで表情もどんよりしていた。責任感が強く、優しいからだろう、上司から頼まれた仕事を従順に受けるうち、オーバーワークになり、自殺をすることしか考えなくなったという。

 心療内科の病棟に3か月入院し、強い薬を飲むうち、副作用なのか、誰もいないキッチンで音が聞こえるようになる。眠れないので入眠剤を飲むと、自分の足元に人が立っているのが見えたという。

 ひと通り話を聞いて、座禅をすすめてみた。1回、2回、やってみるとセンスがいい。夕刻、3回目の座禅が終わったとき、号泣していた。

「夕焼けの田園風景がきれいです。光の高さが素晴らしい」

 心の中に光や風が入ったのである。以降、自宅のベランダで夕方、座禅するようにすすめた。すると2週間後、怪現象が消失。薬を手放し、職場にも復帰した。

 島田さんのケースもそうだが、相談を受けた日に何らかの解決策を見つけることを、根本さんは目標に置いている。

「ハッピーエンドになれば、笑顔で見送れたり、電話を切ったりできます。すると私は身体こそ疲れているけど、ストレスがないわけです。達成感がある。だから長く相談を続けられたのだと思います」

 しかし1度はよくなっても再び「死にたい」というメールや電話をしてくる人もいる。そういう人に根本さんは必ず言うことがある。

「死にたくなったら俺の顔を思い出してくれよ。怒るからな、勝手に死んだら。どうして自殺をしなければならないかを最後に聞かせてもらわないと成仏できないからな!」

 そう伝えておくと、みな、自殺寸前に根本さんの怒った顔が思い浮かぶのだという。そうしてまた電話で話をし、解決策を見つけていく。

 これまで数々の相談を受けてきたが、根本さんが直接本人と話して、自殺をした人はひとりもいないという。