深夜にやって来たマッサージ師

 今年の2月なんですが、岡山で泊まりの仕事があったんですね。遅くに仕事が終わってホテルにチェックインしたのが夜の11時でした。エレベーターで7階へ上がっているときに、マッサージの張り紙を見つけたんです。

 ホテルが提携してるところらしく、「従業員は全員女性なので女性のお客様も安心です」と書かれていて。ま、僕は男なので関係ないんですけど、「久しぶりにマッサージをお願いしてみようかな」と思い、番号をメモって部屋に入って電話をかけてみました。

ホテルにお礼を伝えると……

「すみません、まだマッサージお願いできますか?」
「できますが、時間が遅くて女性従業員がいないので、男性でもいいですか?」
「僕は大丈夫です」
「では、すぐに行かせます」

 それから電話を切って1分くらいで部屋のドアがノックされたので、開けたら腰が曲がった80歳くらいのおじいさんが立っていたんです。マッサージ師が着ているようなユニフォームじゃなくて、赤い上下のジャージ姿でした。簡単なあいさつを交わして、部屋を暗くしてマッサージを始めてくれたんですけど、そのときにいろいろ世間話をしてくれて。

「お兄さん、出張ですか?」
「仕事で東京から来ました」

「こんなご時世に仕事があるなんて、お兄さんは仕事ができるんでしょうね。東京の会社ってどちらなんですか?」
「目黒です」

「私の息子も目黒で働いてまして。ま、小さな証券会社なんですけどね」
「僕なんかより息子さんのほうが立派ですよ。自慢の息子さんじゃないですか」

「自慢じゃないですよ。年末に疲れたから辞めたいって相談されてね。もう少し頑張れって言ったところなんですよ」
「そうはいっても健康がいちばん大事だと思いますよ」

「そうですよね、健康がいちばんですよね。それでこの前、息子ね、自殺しちゃったんですよ」
 
 ……。薄暗い部屋で2人っきりで急に心臓がバクバクしてきて。息子さんが亡くなった傷が癒えてなくて気を紛らわすために働いてるのかなとか、いろいろな感情が巡って眠れなくなっちゃって。

 でも朝、起きたら身体中のこりがほぐれてたんです。それで仕事関係のスタッフさんに、マッサージが上手なおじいさんにやってもらって疲れが取れたからホテルの方にお礼を伝えてほしいとお願いしました。

 そうしたら後日、スタッフさんから「おじいさんのマッサージ師はおりません」という返答があったと連絡が来たんです。おじいさんが幽霊だとは思わないですけど、あの夜は何だったんだろうって今でもたまに思い出します。