“借金だらけの生活が楽になった”

 伊集院さんと近藤の絆が深かったからこそ生まれた名曲。2人は互いのことを“兄弟”のように感じていた。

「マッチは22歳のときに母親を亡くしています。落ち込む彼を一晩中、見守って慰めたのが伊集院さんでした。伊集院さんの弟は10代で遭難死しており、つらいことがあっても弟に恥ずかしくない人生を送りたいと思って乗り切っていると語りかけたそうです

 近藤をよく知る音楽業界関係者は、2人の関係は特別だったと語る。

「マッチは人を憎まないし、裏切らない。だから年上、年下を問わず、誰からも好かれています。黒柳徹子さんや森光子さんは、マッチの母親代わりになっていた。伊集院さんも同じでしょう。間違いなくマッチの兄貴的な存在であり、父親の部分もあったかもしれません

 どちらにとっても、かけがえのない大切な人だった。

「伊集院さんは“マッチの曲が売れて、借金だらけの生活が楽になった”と、感謝していました(笑)。マッチにとっては、人生の節目に厳しくも温かい言葉をくれる人だったんだと思います」(音楽業界関係者、以下同)

 冒頭のステージで泣いてしまったのは、頼れる人がいなくなったことを実感したからかもしれない。

「『ギンギラギン〜』を作曲した筒美京平さん、『愚か者』を作曲した井上堯之さんも鬼籍に入りました。伊集院さんが亡くなり、マッチは歌の世界でひとりぼっちになってしまった。2024年にはマッチも60歳。これからは伊集院さんたちの思いを背負って、新しい歌をファンに聞かせていかなければなりません

 伊集院さんはきっと、天国の“愚か者の酒場”から優しく見守ってくれている。