書道家として活躍する双雲さん。アトリエは海にほど近い神奈川・湘南にあり、やわらかな陽射しがたっぷりさしこむ気持ちのいい空間。そこで300人の門下生に書道を教えつつ、さまざまなイベントやアーティストとのコラボを行って、世界に書を発信し続けている。そんな武田さんは私生活では3児のパパ。サラリーマン時代から支えてくれている奥さんと、お子さんたちと「家族といい関係でいる」コツを聞いた。

夫婦の危機、ありましたね、何度も。

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たけだ・そううん●1975年、熊本県生まれ。東京理科大学卒業。3歳より書家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。さまざまなアーティストとのコラボレーション、 斬新な個展など、独自の創作活動で注目を集める。数多くのロゴ、映画やドラマの題字などを手がけるほか、国内外でパフォーマンス書道を行なうなど、日本文化の発信を続けている。
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 いまやすっかり「イクメン」キャラが定着し、自身の育児エッセイ『“子どもといること”がもっと楽しくなる 怒らない子育て』(主婦と生活社刊)を上梓した武田さんだが、最初から「イクメン」ではなかったという。

「僕は、熊本生まれ、熊本育ちの九州男児。九州男児だからとはいいませんが、僕の父も、一緒に遊んではくれたものの、子育てにはノータッチ。男性が育児ってあんまりピンとこないものでした。

 だから、たまにオムツを替えたりミルクを作ったりはしたけれど、どこかで、本来は母親がやることを、父親の僕が“手伝ってあげている”というような、恩着せがましい気持ちがあったのかな。

 たまに妻が機嫌が悪くて、“オムツがパンパンだから、早く替えてあげてよ”なんてきつく言われると、カチーン! “俺はいつも替えてるじゃないか”なんて、ムキになって言い返していましたね」

 出産後は母親もいっぱいいっぱいだが、父親だってそう。ささいなことでけんかになることはよくあることだが、武田さんが考えるのは「けんかはコミュニケーションを深める貴重なチャンス」ということだ。

「言い合いになってしまったとき、子どもをチャイルドシートに乗せて、夜のドライブに出かけるんです。子どもがいると二人きりになれる時間はあまりとれないけれど、いい感じに揺れるし暗いので、あやしたりしなくても気がつくと子どもはスヤスヤ。

 ドライブしながら、二人でじっくり語り合ったんですよ。妻は思っていること、大変なことをすべて正直に話してくれて。僕も正直に話して、途中は言い合いにもなりましたけど。

 でも、そうやって話し合ったことで、妻の大変さを理解できていなかったんだということに気がつきました。僕は子育てをやりたくないわけじゃなくて、やってあげていると思い込んでいたのですよね。

 そうして、じっくり、ふたりの理想の子育てについて話し合いました。どういうスタイルが僕たちに合っているのか。どうすれば、僕たちももっと楽しめるようになって、子どもにとってもいいことなのか。

 それは、一度話し合っただけで答えが出るものではありません。だけど、その日以来、何かお互いに思うことがあれば、夫婦で話し合おうという姿勢が二人の間に生まれたと思います」

 夫婦生活のなかでは当然、齟齬がおきる。ことごとく乱れたリズムを、柔軟に根気よく立て直すことの必要性を感じた経験だったという。

妻からもれた「つらい」のひとこと。ああ、がまんしてたんだと。

「僕は、数年前に胆のうの病気になりました。不定期に発作が出てしまうので、急に寝込んでしまうこともしばしば。せっかく旅行の予定を立てたのに、行けなくなってキャンセルしたこともありました。わが家では、予定どおりに進まないことが、子育てだけじゃなくて、夫の分も増えてしまった。僕の食事も手がかかっただろうし、せっかく作ったのに具合が悪くて食べられないこともありました。妻は本当に大変だったと思います」

 半年くらい、奥さんは何も言わずに頑張ってくれていたという。しかし、あるとき、奥さんの口からこんな言葉がポロリとこぼれた。

「もう、つらい」。

「僕が病気になったのは、誰のせいでもないし、僕自身も病気で辛い思いをしているのは妻はよくわかってくれていました。だからそれまでずっと、我慢して頑張ってくれていたんだと思います。

 僕は、そうやって妻が本当の気持ちを話してくれて、すごく楽になりました。夫婦二人とも、“つらい”って言っちゃダメだと思って、頑張って、我慢していたけれど、そこで、二人で“つらいよね”って言いながら泣きました」

 本当に 二人とも、すごく、すごく、つらかったと、当時を振り返って武田さんは語る。

 慣れない子育てと、自身の病気で追い込まれた夫婦に危機が訪れた。

「“もう、いい加減にしてほしい!”

 お互いに、ぶつけるところのなかった本音を一気に吐き出しました。吐き出すだけ吐き出したら、なんだかすっとしました。二人で冷静になって、病気と向かい合おうという気持ちがわいてきたんですね。

 自分の病気のせいで、妻につらい思いをさせてしまったことは、ショックでした。だけど、こうして、ギリギリのところで相手の前で弱音を吐けることって、すごく必要なんだと思います」