■努力だけでは報われない社会

 うつ病、不安神経症など精神科の治療が必要となった若者たちが続々と社会で居場所をなくしている。

 親はそんな子どもたちにどんな不満をもっているのか。一部上場企業で働くエリートサラリーマンの水田陽平さん(仮名=58)は、同居する息子(28)に、

「実家にいると甘えるから、出て行ってくれ。一念発起して頑張りなさい!」

 と突き放したことがあったが、結局、行くあてのない息子は「助けて」と戻ってきた。

「定職に就かず、新しい仕事を始めてもすぐ辞めてしまう。俺だって嫌な上司に叱られて我慢しながら頑張った。努力が足りないんだ」

 息子は、大学卒業後、IT企業に勤めたが、長時間労働のストレスで離職。今も精神科に通っている。

 30代の娘の将来を案じ、相談に訪れた中原佳代子さん(仮名=61)は、

「娘は仕事も安定しないし、結婚もしない。私の育て方が悪かったんでしょうか」

 と自分を責める。中原さんの娘もまた、大学卒業後、企業に勤めた経歴をもつ。

 こうした親の嘆きを家で聞かされる子どもたちは、「自分の努力が足りない」と思い込み、どこにもぶつけることができないストレスをため込んでいく。結果、親に暴力をふるうようになるケースも珍しくないという。親の期待とプレッシャーに耐えられず、将来を悲観し、自殺という形で人生の幕を下ろす若者もいる。

 前出の藤田さんは、

「働き方に関する世代間ギャップがいちばんのストレスになっている。親は“頑張れ! 頑張れ”と子どものお尻を叩き、届くはずのない高い壁をピョンピョン飛ばせる。早く元どおりに働いてほしいんですね。でも、非正規雇用の道に1度踏み込めば、なかなか抜け出せない現状がある」

 再就職、復帰を志す若者を突き返す社会。企業は、履歴書の空白期間を見逃さない。採用枠は、新卒に優先的に用意され、非正規のまま年を重ねた者は“用無し”のレッテルを容赦なく貼られる。

 その門は、親世代が想像する以上に狭い。

■親子共倒れという最悪の事態も

インターネットカフェを住居がわりにする若者も
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 改善すべき政策は大きく2つ。ひとつは職業訓練の機会をつくり出すこと。

「再就職のきっかけになる資格・免許を取得するための給付金の拡大や、大学・専門学校などに入り直すための減免措置を講じていかないといけない」(藤田さん、以下同)

 住宅政策の遅れもまた、若者の自立を妨げている。

「海外では普通に実施されている家賃補助の制度が日本にはない。低家賃で住める公営住宅も圧倒的に不足しています。フランスでは、全住宅のうち20%が公営住宅。日本は3~4%で、入居者は独居老人、障害者、母子家庭、生活保護受給者でいっぱい。若者が入る余地がない」

 欧米諸国では15万円の収入しかない若者も、家賃1万~3万円で公営住宅に住める。住宅費負担が収入に占める割合は、日本の若者が世界のトップレベルだ。

 やがて実家暮らしのまま年を取れば、親子共倒れという最悪の事態も招く。

 今年で70代になった村田さん夫婦は、40代になる娘と同居する現状に、不安を隠せない。

「2人分の年金、月額20万円で3人分の生計を立てています。そんな生活がもう20年。正直、娘の分も養うのは、楽じゃありません」

 わが子の自立を願う親の思いは複雑だが、無理に家を追い出された若者たちがネットカフェを転々とする生活を強いられ、最後はホームレスに─。そんな現実を目の当たりにしてきた藤田さんは、

「高度経済成長の恩恵で、“努力すれば報われる社会”だった日本の雇用状況は激変している。決してお子さんのせいだけでなく、社会の環境整備が必要だということを理解してほしい」

 家庭内では、どうにもできない問題に、今多くの親子が苦しんでいる。

藤田孝典さん●NPO法人『ほっとプラス』代表理事(社会福祉士)。埼玉県内でホームレス状態にある人や生活困窮者を対象にした相談支援を行っている
藤田孝典さん●NPO法人『ほっとプラス』代表理事(社会福祉士)。埼玉県内でホームレス状態にある人や生活困窮者を対象にした相談支援を行っている