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 ソチ五輪で日本に初めての金メダルをもたらした羽生結弦選手。今後のフィギュア界を引っ張っていく“若き日本のエース”の知られざる素顔とは!?

 彼がスケートを始めたのは4歳のころ。4つ上の姉がスケートスクールに通うことになり、そこについていったのがきっかけだとか。

「初めて試合で滑ったプログラムの曲は、大好きだった『ウルトラマンガイア』のテーマ。赤と青のウルトラマンのような衣装もお母さんが作ってくれたんです。その次の試合で滑った曲は『草競馬』で、いきなり金メダルをとったんですよ」(羽生の知人)

 驚くべきは、このころから“金粉入りの水”を飲んでいたということ。いったい何のためかというと、身体を柔らかくするためだと昔のテレビ出演で本人が語っている。

 そのおかげでビールマンスピン(片足で回転し、もう片方の足を背後から伸ばして頭上に高く持ち上げ、そのブレードをキャッチするスピンのこと)という、男子では数少ない選手しかできない大技ができるようになったとか。

 小さいころからずっと憧れていたのが、ロシアのプルシェンコ選手だった。

「“スケート界の神様”と呼んでいて、10歳のときには同じ髪型にしていたほどリスペクトしている。彼からプレゼントされた黒のラバーブレスを手首につけているんですが、“文字が消えちゃったんだけど、はずせない!! だってプルシェンコにもらったから”と、ものすごく大事にしています」(スポーツライター)

 金メダルをとった後の会見では、敬意を表してこのように締めた。

「プルシェンコ選手に憧れて五輪を目指すようになりました。団体戦で一緒に滑らせてもらって夢のような感覚でしたし、光栄だなと思っていた。棄権は残念ですが、僕からは今までたくさんの感動をありがとうという感謝しかありません」

 衣装へのこだわりも相当なものだという。フリーで演じた『ロミオとジュリエット』の衣装にはこんなこだわりが。

「彼のラッキーカラーが緑とピンクということで、モノトーンのグラデーションをベースに濃淡のある緑とピンクのビーズが彩られていました。羽生選手から衣装デザイナーへのリクエストだといいます」(スポーツ紙記者)

 見たことがある人も多いだろう、羽生選手のプログラムが始まる前に胸の前で十字を切る仕草。これはクリスチャンというわけではなく、武士の“士”という漢字を書いているのだ。

「コーチに言われたおまじないのひとつ。身体の縦の軸をまっすぐにして肩のラインと腰のラインを水平に保つように言われたことを意識して、縦の軸と横のラインを描いて、自分に“軸がぶれないように”と言い聞かせているんです」(前出・スポーツライター)

リンクに出入りする際に、しっかりとお辞儀をすることでも知られているが、これについては過去のインタビューで、こう答えていた。

《リンクにお礼をするっていうのは、柔道からリスペクトさせていただいてるというか、(柔道は)3回もお礼するじゃないですか。僕らにとってのフィールドはリンクであって、滑らせていただいているという感覚があるので、今回もケガしないで済んだ、最後まで滑らせていただいたっていうのをちゃんと考えながらお礼をしなきゃなって》

 金メダルを獲得しても謙虚な姿勢は変わらない。彼のもとには各国の報道陣が雪崩のように押し寄せた。

「海外の選手や会場のスタッフにも、次々に記念撮影を頼まれていましたが、ひとつひとつ気さくに応じていました。でも、あまりの過熱取材に体調を崩してしまいましたね」(前出・スポーツ紙記者)

 また、2月19日の女子ショートプログラムの会場に応援に来ていたのは、テレビでも少し紹介された。座っていたのは一般の観客と同じ席だったけど、背景にはこんなウラ話が。

「会場にはアスリート用の席が設けられていたのですが、各国のテレビ局が座ってしまっていた。そこで、一般席に行ったのですが、席がまったく空いていなかったんです。だから、金メダリストなのに通路に座って応援していたんですよ」(前出・記者)