kase
 4月20日、東京都港区の自宅で呼吸用のチューブがふさがった状態で見つかり、亡くなっていたことがわかった『ザ・ワイルドワンズ』ボーカル・加瀬邦彦さん。22日、所属事務所が自殺したと発表した。

「加瀬さんは、ほんとに純粋で、ダーティーなことが大嫌いな人でした」

 『ザ・ワイルドワンズ』のメンバーの1人、鳥塚しげきはこう語る。

「’60 年代にワイルドワンズを結成して、これから芸能界、音楽界に乗り出すぞというときでした。楽屋ではポーカーなどの賭け事は絶対にやっちゃダメだと言われました」

 当時の芸能界、とりわけ音楽界では賭け事で給料を全部すってしまい、所属事務所から給料を前借りする話がよく聞かれ、加瀬さんはそのことを諌めて言ったのだろう。

「先人たちの悪しき習慣は絶たなければならない。われわれは爽やかにいこうって」

 そうやって結成されたワイルドワンズは、それまでロングヘアにミリタリールックで人気を博していたグループサウンズとはちょっとテイストが異なっていた。

 巷で若者に人気のアイビースタイルで、髪は短くスッキリ。アメリカのウエストコーストの風を感じることができるサウンド。加瀬さんの思惑どおり、爽やかなワイルドワンズは瞬く間に人気者となり、彼らの歌う曲はヒットチャートを上りつめていった。

「加瀬さんはまた、時代を読む感覚が鋭い人で、世の中はいま何を求めているか、こうすればウケるということを敏感にキャッチする人でした」

 それでいて慎重に物事を進めていく性格で、石橋を叩いても渡らないような人だったという。だから、メンバーは加瀬さんを信頼してすべてを任せ、安心して活動ができたという。

 ワイルドワンズが結成される前に、実は加瀬邦彦という名前は音楽好きの間ではよく知られていた。日本で最初のインストゥルメンタルグループである『寺内タケシとブルージーンズ』にあって、加瀬さんのギターと作曲の実力は誰もが認めるところだった。

「僕たちは恵まれており、楽器はすべてヤマハから提供していただいたんです。お金がかからないんだから、うれしかったですよ。その中には加瀬さんが使う12弦ギターもありました」

 加瀬さんの演奏で、その12弦ギターが生み出す絶妙な調べは大ヒットしたデビュー曲『思い出の渚』のイントロで聴くことができる。

 ワイルドワンズは1966年から1971年までのたった5年間しか活動しなかったが、1981年に再結成してからは毎月1回ライブを開催してきた。

「ライブはビデオに撮って加瀬さんに見てもらっていたんです。ずっと僕らのことは心配だったと思うんですが、もうあいつらだけで大丈夫だとわかって、時を選んで逝ったんでしょうね」

 来年は結成50周年を迎え、今年の12月に単独コンサートを予定している。