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 9月24日、胆管がんで亡くなった川島なお美さん。“私の身体はワインでできている”と公言するほど、川島さんのワイン好きは有名だった。しかし、病気が発覚してからはワインを控えるように。

「毎朝、野菜ジュースを手作りして飲み、レストランにはワインがわりに漢方薬を持ち込んでいたそうです。最後まで女優でありたい、そして今ある仕事に穴をあけたくないという思いがありました。それで抗がん剤治療は行わず、民間療法を受けていました」(芸能プロ関係者)

 それでも川島さんにはある覚悟があったようで、墓の購入を考えていたという。

「俳優の奥田瑛二さんに“墓友”にならないかと誘われていたんです。“墓友”とは仲のよい者同士で、同じ墓地の一画にお墓を買うということ。川島さんは桜のころに、奥田さんや奥さんの安藤和津さん、作曲家の三枝成彰さんや元政治家の与謝野馨さんらの“墓友”と墓参りをした後、近くの店で宴会をしたそうです。“自分が死んだあとは墓石にワインをかけて”と話してもいました」(川島さんの知人)

 手術の前日には、最悪の事態を考えてエンディングノートをしたためた。

「書かれていたのは、ワインや絵画などの財産、愛犬たちのことについて。そして、偲ぶ会では、集まってくれたみんなでワインを飲んでほしいと記されていました」(前出・川島さんの知人)

 そのときの心境を、『週刊女性』でこう語っていた。

《死を覚悟すると生きるってことがくっきり見えてきて、自分にとって何が大事なのか、誰を愛しているのか、何が大切なのか見えてくる。やっぱり私にとって主人がかけがえのない存在なのがわかったんです。エンディングノートのシメの言葉は、“できれば再婚しないでね。天国でとりシャン(とりあえずシャンパン)して待っているからゆっくり来てね”と書きました》

 そんな愛情を、川島さんの亡くなった後に改めて鎧塚は感じとったという。

「川島さんが10月に、鎧塚さんの誕生日会をサプライズで開こうとしていたことがわかったんです。遺品整理をしているときに川島さんの携帯電話を見て気づいたとか。亡くなる前日に、多くの人に誘いのメールを出していたそうです」(スポーツ紙記者)