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「陛下は、“象徴(天皇)とは何か”と常々自らに問いかけ、“国民と苦楽をともにする”を心がけておられるようにみえます。ですから、もし国民につらい悲しいことが起きれば、それに可能な限り寄り添い続けようとされています。沖縄などの戦災地へ慰霊に参られるのも、自然災害の被災地を慰問されるのも、同じお気持ちだと思われます」(皇室制度史に詳しい京都産業大学名誉教授・所功さん)

 それは平成に代替わりしてから、始まったものではないようだ。所さんが続ける。

「陛下の父上の昭和天皇に、そういったお考えと行動がありました。大正12(1923)年に起きた関東大震災のときも、当時、摂政だった皇太子(昭和天皇)は、すぐに特例法を出され、被害のあった都内を視察しておられます」

 平成に入ってから増えた両陛下のお見舞いだが、そこには5つの“平成流”をみてとることができる。

1:“被災者目線”のお見舞い

大きな避難所では“阿吽の呼吸”で二手に分かれ、少人数の警備体制のもと限られた時間の中で、できるだけ多くの被災者と接することも心がけられている両陛下。

2:現地に負担をかけない配慮

「両陛下は少しでも早く訪れて、被災者を励ましたいという気持ちをお持ちでしょうが、被災直後は仮設住宅やライフラインの確保、行方不明者の捜索などで関係者は忙殺されています。そこで、被災から2週間程度を目安に同行者の人数や車両を最小限にし、かつ宿泊を伴わないようにということになりました」(皇室ジャーナリスト・山下晋司さん)

3:ご健康をかえりみない姿勢

ご病気を抱えながらも、被災者を常に思い続けることも“平成流”。東日本大震災後のお見舞いもヘリコプターやマイクロバスを利用して被災地を精力的に回られたが、お身体の負担にならなかったはずはない。

4:継続して心を寄せられる

「東日本大震災の被災地を何度も慰問されたことも記憶に新しいことで、被災地のことを和歌に詠み、被災者を励まし続けています」(文化学園大学客員教授/ジャーナリスト・渡辺みどりさん)

5:目立たないお見舞いも率先

「東日本大震災の翌日に、長野県北部で起こった地震は、東北の被害が大きく注目されませんでしたが、両陛下は翌年(2012 年7月)に訪れ、被災者を励まされました」(渡辺さん)

 “国民とともに歩む皇室”を両陛下は、行動によっても示されている。