自身の生き方が小説にも反映

 山口さんは昨年4月に専業作家になるまで、12年間、「丸の内新聞事業協同組合」の従業員食堂で働いていた。自身の経験も小説の随所に生かされている。例えば、巴屋の食事の場面。主一家が鯛で、住み込みの奉公人たちは鰯という違いこそあるものの、従業員のお膳にも魚や惣菜がつき、ごはんと味噌汁はおかわり自由となっている。

「奉公人のおかずはお新香だけという店もあったと思うんです。でも、食事が質素だと働くモチベーションは高まらない。魚と野菜の煮物とか、おいしいおかずがつけば、奉公人たちも意欲的に働いてくれるんじゃないかなって思ったんです。というのも、食堂で働いていたとき、先代がひどい食事を出していたころは無愛想な人が多くて。でも、メニューを変え、サラダバーや余り物のバイキングを始めたところ、“ごちそうさま”と声をかけてくれる人が増えて。豪華なメニューの日は、“お金は平気なの?”って心配してくださったりとか(笑い)。おいしいごはんを食べていると、性格が丸くなっていくものなんだと実感しました。人の身体は食べ物でできていますからね」

 主人公は、胸の内で初恋の人を思いながらも“人でなしのおけい”と揶揄(やゆ)されるほどの剛腕をふるい、店を繁盛させていく。自分の手で人生を切り開いていく姿は、どこか山口さん自身の生き方と重なって見える。

「私の人生って、けっこう成り行きまかせなんです。大学生のころから漫画家になりたかったんですが、絵がヘタだったので叶わず。たまたま手にとった『ケイコとマナブ』をきっかけに松竹シナリオ研究所でシナリオの勉強を始め、脚本家を目指すものの、年齢的な限界を感じてあきらめて。小説に目が向くようになったのは、食堂の仕事で生活が安定していたおかげです。それに、今まで何十回もお見合いをしたりもしていますし。意志を貫いてきたわけじゃなくて、すべてが巡りあわせなんです。しいて言えば、物語を書くように生まれついたので、そのように生きてきた、ということでしょうか」

 実は週女を愛読しているという山口さん。本作を、読者にどんなふうに読んでもらいたいのだろう。

「江戸時代を遊んでもらいたいですね。ゆったりとした雰囲気の中でおけいの物語を楽しんで、気持ちよく泣いてもらえたらうれしいです」

『恋形見』山口恵以子=著1700円 徳間書店
『恋形見』山口恵以子=著1700円 徳間書店
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■ライターは見た!著者の素顔

 現在、母と兄と猫2匹で暮らしているという山口さん。専業作家となった今、食事を作る手間も惜しんで執筆に励んでいるといいます。「月曜は寄せ鍋、火曜は牡蠣鍋、水曜は水炊き、木曜は石狩鍋、金曜は豆乳鍋と、うちのごはんは鍋ばっかり。私は夜遅くに鍋の残りを食べ、缶チューハイを2本、一気飲みして寝るような生活を送っています(笑い)」

 続々と発売される新刊も楽しみです!

(取材・文/熊谷あづさ)