事情を知った理美さんは校長に会いに行った。すると校長は「子どもの言うことを信じちゃダメですよ」と相手にしなかったという。さらに「(元担任は)くるくるパー、とは言っていない。(手遊びの)くるくるぽん、とやっただけ」と言い訳した。

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大人の言葉は想像以上に子どもを傷つける
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 しかし、亜紀さんの心の傷は深く、心因性の難聴になった。4年生になると「死にたい」と言うようになった。

 元担任の態度を学校側も問題視したのか「体罰・暴言等不適切な指導に関する調査」が行われている。理美さんは情報公開請求したが、「個人の権利利益を侵害する」などとして公開されなかった。

 ただ、元担任の行為は保護者のあいだでは評判だった。理美さんは、亜紀さんの当時のクラスメートとその保護者に自ら聞き取りを始めた。同級生32人中、子どもと保護者の25組から話を聞けた。

《亜紀さんに対してもいろいろな形で暴力を振るったり、暴言を吐いたり、廊下に立たせたり、ボールペンで叩いた。理由は言わないのでわからない》(Aさん)

《先生のことでいちばん覚えているのは体罰です。かなり強く腕をつかむので、腕にあざがついた友達もいます。亜紀さんを叩いていたことは覚えています》(Bさん)

 元担任による暴言や体罰の対象になった児童は、ほかにもいたようだ。

「周囲の人たちがアドバイスをしてくれたので電話や手紙から情報収集を始めた。すると、ほとんどの人が話してくれた。思った以上に亜紀のことを気にかけてくれ、うれしかった」(理美さん)

 同じクラスだった男児の保護者は話す。

「息子に聞いたら"なんで掛け算ができないの? 勉強できない子は学校に来る意味あるの? なんで生きてるの? 生きている意味あるの?"と言われたそうです。学校に行きたくなかったようですが、"お母さんが心配するから言えなかった"と話していた。"亜紀ちゃんは僕よりももっとひどいことをされていた"とも言っていました」

 1日に傍聴に来ていた女性は数年前、学校の廊下で元担任がヒステリックに男児を叱り飛ばすシーンを目撃した。

「男の子が鼻をかもうとしたのか、学校のティッシュを1枚抜いたとき、"自分が持ってきたティッシュを使うのならわかるけど、学校のティッシュをなぜ抜くの? それは犯罪だから警察に連れて行きます"と言っていた。見ていてびっくりした」(同女性)

 小学校の卒業式。校長室で卒業証書を受け取るはずだったが、亜紀さんは受け取らなかった。「せめてもの抵抗だった」(理美さん)

 今は中学生になり、小学校とは違う環境だ。しかし1日中、学校にいることができず、半日で疲れてしまい、帰宅すると寝てしまう。

 元担任は退職したが、県境を超えて、都内の教育委員会で図書支援アドバイザーや、中学校で学校司書をしているという。理美さんは「抵抗できない子どもを支配しようとしていたのではないか。教育現場を辞めてほしい」と話す。

 亜紀さんは「悪いことをしたのになんで逮捕されないの?」と言い、「時間を返してほしい」と願っている。

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訴訟が進むさいたま地裁。司法判断は……


 市教委は争う構えだ。市側は準備書面で「授業中に立たせることはあったが、原告側の主張する状況と違う」などほぼ全面的に否認している。

 本誌の取材に「原告から、教員による暴行、虐待の主張がなされているが、そのような事実はないと考えている。それ以上のコメントは、現在、裁判が行われており、差し控えさせていただく」(市教委教職員課)と答えた。

 市教委側が言うように暴言や体罰が事実でないとすれば、なぜ亜紀さんやほかの児童は"誤解"したのか。裁判は続く。


取材・文/ジャーナリスト・渋井哲也(しぶい・てつや) ●1969年生まれ。長野日報の新聞記者を経てフリーに。若者の生きづらさ、学校問題、自殺などを取材。著書に『学校裏サイト』(晋遊舎)、『気をつけよう!ケータイ中毒』(汐文社)、『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』(河出書房新社)や『明日、自殺しませんか』(幻冬舎文庫)など。近著に『復興なんて、してません』(共著、第三書館)。