■母親も、つらさを抱えている

 この小説を読んだ人は、母という存在に縛られ続ける千遥や亜沙子に共感しながら読むかもしれない。だが唯川さんは、「母親が抱えている思いも読み取ってもらえれば」と話す。

「最近は母娘の関係を分析した心理学系の書籍もたくさん出ていますが、読んでみると“こんなひどい母親に育てられた娘はかわいそう”という視点で書かれているものが多い。でも私は“母親だってつらいんだよ”と言いたいんです。自分を振り返っても、若いころは母の言葉に傷ついたこともありましたが、よく考えると自分も母に暴言を吐いたりしているんですよね。でも、そのことはすっかり忘れてしまう。娘のほうも、どこかで“母には何を言っても許される”という自信や甘えがあるのでしょう。そもそも母親って、何をやっても褒められない。娘がちょっとグレたりすると、すぐに周囲は“母親のしつけが悪い”と非難する。子どもが多少問題を起こしたとしても、ある程度の年齢まで無事に育て上げたら、それだけで母親はものすごく褒められていいはず。なのに“母親は子どものために生きて当然”と思われて、すべてを引き受けなくてはいけない。それはとてもつらいことですよね。そんな母親の気持ちも伝わればいいなと考えています」

 はたして千遥と亜沙子は、結婚を機に母と向き合うことができるのか。そして、母の影響下で進む結婚話の行方は……? “そうなるか!”と、うなってしまう思いがけないラストまで、きっと読者も自分の母娘関係を重ねながら、一気に読んでしまうはずだ。

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『啼かない鳥は空に溺れる」1500円/幻冬舎
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■取材後記「著者の素顔」

 昨年、作家デビュー30周年を迎えた唯川さん。「最近ようやく仕事量をうまく調節できるようになり、今は小説を書くことをすごく楽しんでいます」とのこと。

また、「以前はよく“唯川恵は恋愛小説家だ”と言われましたが、そのイメージからも解放され、冒険できるようになった」とも。その言葉どおり、夫婦間のDVをテーマにしたり、怪談小説に挑戦したりと、近年は意欲作が続く。次回作は実在の人物がモデルの小説を準備中とのこと。こちらも楽しみ!

(取材・文/塚田有香 撮影/斎藤周造)

〈著者プロフィール〉

ゆいかわ・けい 1955年、石川県金沢市生まれ。1984年に作家デビュー。2002年、『肩ごしの恋人』で第126回直木賞受賞。2008年、『愛に似たもの』で第21回柴田錬三郎賞受賞。『燃えつきるまで』『雨心中』『テティスの逆襲』『途方もなく霧は流れる』など著書多数。