20160105_book_1

■小さな港町で出会う3人の女性たち

 太平洋を望む小さな港町・鼻崎町。そこで行われた商店街の祭りで、3人の女性が出会う。鼻崎町で生まれ育ち、老舗の仏具店に嫁いだ菜々子。最近引っ越してきた陶芸家のすみれ。夫の赴任に伴って、5年前にやってきた光稀。そして祭りで起きたある事故をきっかけに、車イス生活を送る菜々子の娘を広告塔にして、すみれが障がい者支援のブランドを立ち上げることを思いつくのだが――。

 湊かなえさんの新作『ユートピア』は、同じ町に暮らしながら属するコミュニティーも価値観も異なる女性たちの関係が複雑に絡み合うさまを描いた心理ミステリー。この物語のカギになるのが、人の“善意”だ。

「今までの作品は人の悪意を突き詰めていくものが多かったのですが、悪意ははねのけたり、回避することもできますよね。でも、善意はそれが難しい。みなさんもあまりうれしくないお土産やおすそ分けをもらった経験があると思いますが(笑い)、相手はいいことをしていると思っているので、こちらは嫌な顔をすることもできない。そんな善意から起こる問題について書いてみたいと思いました」

 作中で“善意”のひとつとして描かれるのが、地域おこし。物語の発端となる祭りは、都会から来たすみれが提案したもの。陶芸家の彼女は自然豊かで良質な土が出る鼻崎町に惚れ込み、自分の手でこの町をさらなる理想郷に作り上げていく、と意気込むが……。

「最近は各地で地域おこしが盛んで、若い人たちが地方に移住してその町を元気にするための活動をする、といったケースが増えています。外から来る人たちは、すみれのように自分の作品やノウハウを町おこしにつなげたいという熱い思いを持っているのですが、受け入れる地元の人たちは“私たちの町は外から来た人に助けてもらわなきゃいけないの?”と戸惑っている。

 すみれも“この町には素晴らしい景色や資源があるのに、地元の人はそのよさに気づいていない”と言っていますが、昔からの住人にすれば“昨日今日来た人に、そんな上から目線でものを言われたくない”と思って当然。そんな温度差が日本各地で発生しているのではないかという気がして、そこから生じる亀裂を書いてみようと考えました」

20160105_book_2

■お互いの善意をすり合わせる難しさ

 そして、作中で描かれるもうひとつの“善意”の象徴がボランティア活動だ。すみれは菜々子との交流をきっかけに、自作のストラップを販売して売り上げの一部を車イス利用者に寄付する活動を始める。だが、娘たちの写真や詩を宣伝に利用された菜々子や光稀との間に、微妙な気持ちのズレが生まれていく。

「菜々子は、生まれた時からこの町にいる人。すみれは、理想郷を求めて外から来た人。そして光稀は、外から来たけれど、この町を理想郷とは思っていない人。そんな立場や価値観の異なる人たちが善意に向かって行動すると、その規模が大きいほど亀裂が生じやすくなると感じました。

 善意の行動は、互いの価値観のすり合わせが難しい。例えば“被災地に送る新品の毛布を提供してください”と頼まれた時に、“自分が被災者なら新品がうれしい”と納得する人もいれば、“新品なんて贅沢だ”と怒る人も出てくるわけです。

 ボランティア活動にしても、少し離れたところから眺めるとみなが同じ方向を向いて頑張っているように見えても、一歩中に入ると向いている方向がそれぞれズレていて、気づいたらひとりひとりがまったく違う場所に立っているかもしれない。そんな善意の行き着く先を描きたかったんです」

 やがてネット上で菜々子の娘に関する噂が流れたのを機に、3人のズレは表面化していく。はたして彼女たちにとって、この町は“ユートピア”だったのか――。

「最初はユートピアを全否定するラストにしようかと考えていたんです。“理想郷なんてどこにもないよ”って。でも彼女たちの姿を見ていたら、希望が残る終わり方にしたいなと思い始めて。

 確かに3人ともダメなところはありますが、誰かを傷つけようなんてまったく考えていない。ただほんの少し幸せになりたかっただけで、やっぱり善意の人なんです。たとえその善意が、他人からすれば迷惑だったり、あまり褒められない行為であっても、善意の先には光があっていいんじゃないか。そう思うようになりました。

 これを読んだ方にも、“自分のユートピアはどこだろう?”と考えてもらえたらいいですね」

 おそらく誰もが“ここは私の居場所じゃない”という感覚を持ったことがあるだろう。だが湊さんは、「今はそう思っていても、数年後に振り返った時には、“あそこが私のユートピアだったのだ”と思うかもしれませんよ」と話す。

「あとで振り返って初めて気づくことってあるじゃないですか。“昔付き合っていた時は物足りなく感じたけれど、今振り返ると歴代の彼氏の中であの人が一番よかったな”とか(笑い)。でも、そんなことを考えていると、20年後の自分に“今、目の前にいる旦那こそユートピアだよ”って怒られるのかも。結局、その時は気づかないものがユートピアなのかもしれない。今はそんなふうに思います」