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 上方落語で知らぬ者なし。女性目線のテーマをおばちゃん口調で語る枕“みやこ噺”のファンは多い。日本初の女性落語家で、いまや6人の弟子を抱える日本初の女性落語家・露の都が、男社会である落語界の門を叩いた理由は意外なものだった。

「高校卒業後の進路を考えていたときは、笑福亭仁鶴師匠の全盛期。ふと“女性の落語家さんっているんやろうか?”と調べたら、いらっしゃらなくて。そこに魅力を感じ、思いつきで“ほな、女の噺家にでもなってみようか”と(笑い)」

 そこで、まずは『素人名人会』(毎日放送)に出演したという。

「審査員は桂米朝師匠なんですが、たまたまその日はお休みで。ウチの師匠・露の五郎だったんです。“見たことないよなぁ、このおっちゃん”と思いながらも弟子入りのお願いをしました(笑い)」

 「落語は男がやるようにできているから、女はできへん。だから、帰り」と断られたというが、土日は必ず師匠のいる劇場に通い、頭を下げ続けた。

「半年くらいかな? あとから知るんですが、同時期にもうひとり弟子入り希望の男の子がいたんですが、師匠は私を選んでくれたそうです。

 熱心だったのと、お弟子さんが着物をたたんでいるのを横で見て覚えたり……私たちは“盗む”って言うんですけど。漫才の師匠方の靴を覚えて、サッと出したりができたんです。でも女だから、そういう気配りってできますよね?」

 修業時代はとにかく睡眠時間がなかったそうだ。

「師匠の指示を聞くのでいっぱいいっぱいそれをしんどいって感じる間もなかったですね。ほかの一門の先輩に“あっち行け”と言われたり、露骨に無視されたり。お客さんにも、“女が落語やるなんて気持ち悪い”とか。でも、そのくらいのことは覚悟していましたから」

 落語家は弟子が売れると師匠の株も上がるというが……。

「“女の子はなんぼ頑張っても、師匠は偉くならない”と30代前半のときに言われ、役に立たないなら辞めようと思いました。でも“辞めたらどこで落語しよう?”“名前はどうしよう?”って考えていたんです(笑い)。落語から離れることなんてとうていできないと気づき、それからはどんなことも気にしなくなりました」

 現在の弟子は6人。大阪の定席『天満天神繁昌亭』のトリの出番も多い。

「女性落語家も東西で50人近くなりました。そのいちばん前を歩いているという意識はどこかにあります。“女に創作落語はできても、古典はできない”と言われ続けてきましたが、私は古典が大好き。あえて選んでいます」

 中には、女には無理な古典も。

「いろんな噺に挑戦して“露の都の落語”をやらせていただこうと思っています。還暦を迎えた今、落語が楽しくてしかたがなくて。生涯現役でありたいと思っています」