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 誰もが、子どものころ夢見た大人になれるわけではない。『海街diary』『そして父になる』などを手がけた是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』(5月21日・丸の内ピカデリーほか全国ロードショー)で主演を務める阿部寛に話を聞いた。

「この仕事に就く前は宇宙に憧れていたので、エンジニアみたいな仕事が最終目標だったんです。でも、『下町ロケット』の撮影でJAXAにも行けたし、ロケットのエンジンも実際に見られた。ほかにも、宇宙を取り上げる番組のナレーションもやらせていただいたりと、方向性は違うけど、ある意味、夢が叶った。すごくありがたい仕事に就けたなって思います」

 親子や“元家族”の何気ない日常を描いた本作で、阿部がダメ人生を送る中年男の良多役に挑戦している。彼の頼みの綱は、団地で気楽なひとり暮らしをする母の存在だ。

「僕の母親は10数年前に亡くなりました。当時は30代で仕事に精いっぱいだったので、親のことを振り返る余裕もなかったんです。でも、たまに会うとうれしそうにしてね。親にとって子どもはいくつになっても子どもみたいで、余計なお世話をしたがるというか。自分の母親もあのときこうだったんだなって、ふと思い出してしまいますね」

 別れた妻の響子(真木よう子)にも愛想を尽かされ、ギャンブル好きがたたって養育費も払えない。そんな良多の楽しみが、11歳の息子の真悟(吉澤太陽)との月に1度の面会。

「ダメな大人だけど一生懸命、父親になろうとしているのが、この男のかわいいところです(笑)。僕の周りにも真悟くらいの年齢のときには、近所や親族にいろいろなおじさんがいた。酒にだらしなくて昼間から飲んでいたり、働かなかったり。

 でもそういうおじさんは子どもには格好つけたいらしくて優しかった。釣りに連れて行ってくれたり、よく遊んでくれたのを覚えている。でも、子どもって、わかったうえでそれに付き合っている。良多の父子関係を見ていると、どこかそんな子ども時代を思い出します」

 “こんなはずじゃなかった”。人生の壁にぶつかり続ける良多。阿部自身も同じ思いを痛感したことがあるという。

「20代前半のころ、モデルから映画『はいからさんが通る』でいきなり準主演。華やかにデビューしましたが、そのあとすぐ何をしてもうまくいかなくなり、5年くらいうまくいかない日々を過ごしていました。僕が良多と違ったのは、痛い目にあって、過去のささやかな栄光を一気に捨てられたこと。周りがどんな華やかな仕事をしていても、僕はまだその位置じゃないんだって言い聞かせてふっ切れました」

 つかこうへいの舞台『熱海殺人事件』に29歳で出演した際、自分の実力不足と、考え方の甘さを痛感させられたと語る阿部。そこから、がむしゃらに俳優業に没頭。医者や刑事など正統派から、超常現象に挑む物理学者、ローマ人など阿部ならではの幅の広い役柄を見事に演じ、日本を代表する役者へと駆け上がっていく。

「僕は、自分で役を選ぶのではなく、キャスティングしていただいた役がいつもベストだと思ってます。唯一言うと、最近、時代劇をやっていないのでもう1回挑戦したいです。そろそろ身体も動かなくなるので(笑)、ぜひ!」

撮影/伊藤和幸