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「あ~、『愛だろ、愛っ』。そんなCMもありましたね」

 こちらの投げかけに、気さくに相槌を打つ永瀬正敏。トーク番組などに出ないため素顔をうかがう機会はなかなかないが、実物はとても穏やかでやさしいまなざしを持った人だ。

 最新出演映画『64-ロクヨン-』は硬派で骨太な内容で、公開中の前編は異例の大ヒット。主演の佐藤浩市をはじめ、出演者たちの役者魂も堪能できる1本だ。

 実力派の俳優が集結する中で永瀬は、昭和64年に起きた“少女誘拐事件”の被害者家族を演じ、出色の存在感を放っている。オファーを受けたときはどんな気持ちだったのか。

「瀬々敬久監督とぜひご一緒したかったし、浩市さんとは長年、共演を願い続けていたので即決でした。だけど、その後に台本を読んだらとっても重要な役と知って。うれしいなと思いつつも、そうとう覚悟を決めていかなきゃダメだなと思いました」

 永瀬は、最初の登場シーン(昭和64年)では幸せな漬物工場の社長を、舞台が平成14年に移ると、白髪頭でやせこけた男へとガラリと変わっている。

「現場ではつねに食事を抑えていました。そういう役だったので、スタッフや共演者の誰ともご飯に行っていません。炊き出しとかでいい匂いがしてくると、内心“この野郎”と思っていましたね(笑)」

 佐藤が“動”とすれば、永瀬は“静”の演技で観客の心へと訴えかける。が、当の本人は、30年以上にわたる俳優人生の中で1度も自分の演技に満足したことはないという。

「現場では毎回120パーセントでやっているんですが、完成した本編で自分を見ると、どうしてもあら探ししちゃうんです。これは一生続きますね、きっと。でも逆に、役者の中で“この俺、すげえ”って言える人いるのかなとも思いますよ。もしいたら、その自信を分けていただきたいですね(笑)」

 16歳で相米慎二監督の『ションベン・ライダー』でデビュー。通っている高校の管理教育にささやかながら反抗したい気持ちで入った世界だった。

 以来、山田洋次監督の『息子』や林海象監督の『私立探偵 濱マイク』シリーズ、最近では河瀬直美監督の『あん』に出演。今や映画界には欠かせない存在だが、自己評価は意外にも低い。

「僕は永遠に“まあまあの役者”なんですよ。というのも、デビュー作の現場で相米監督に1度も“オーケー”をもらえなかったんですね。それでいつか相米監督に、心から“オーケー”を言わせるような役者になりたいと思って。でも、相米のオヤジは先に逝ってしまったから('01年没)、永遠に彼の口からはもらえない。だから、もっとよくしよう、次も頑張ろうという思いが続いているんです」

 デビュー作には、あの坂上忍も出演している。その名を出すと懐かしそうに目を細めた。

「彼は子役からやっていたのでスターでしたけど、先輩風を吹かすことはいっさいなくてね。僕ら素人の位置まで下がってくれて、一緒の目線でやってくれました。この作品の現場で映画が好きでたまらなくなったんですが、坂上くんの姿勢も大きかったと思う。感謝しています」

 坂上しかり、最近では俳優の活動が目立つ吉川晃司など、同世代の芸能人が昔と違うフィールドでしぶとく活躍している。

「昔は“役者はこうあるべき”“歌手ならこう”というような、枠におさめられがちだったんですね。そんな中で“でもさ”と言っている子たちもいて。それこそ吉川クンとかチェッカーズとかは、曲に合わないのに笑顔を求められることに“なんで?”と抵抗する気持ちを持っていた。そういった思いのあった人が、しぶとくやっているのかもしれませんね」

 元妻の小泉今日子もそのタイプかと振ると、「そうですね」と微笑む。今年の7月には50歳を迎える。現在の心境を聞いた。

「やっと役者の仲間入りができて、1歩目を踏み出せたかなという感じです。デビューしてから映画に出られない時期が5年くらいあったけど、やめようと思ったことは1度もなかった」

 この先、どういった役者人生を進むのだろう。

「僕は欲張りなので、今までにやったことのない役を生きてみたいです。40代に突入したらいろいろ楽しくなったし、みんなでいい作品を作っていこうよという気持ちが強いので、この先もっと楽しくなると思います」

映画『64-ロクヨン-前編/後編』

 県警の広報官である三上(佐藤)は、秋川(瑛太)率いる記者クラブや、キャリア上司(滝藤賢一)との対立に苦しんでいた。家庭では娘(芳根京子)の失踪問題も。そんな三上は刑事時代に捜査に当たった昭和64年の少女誘拐殺人事件・通称ロクヨンの被害者家族(永瀬正敏)のもとを訪れる。前編は現在公開中。後編は6月11日(土)より全国東宝系にて公開。

撮影/廣瀬靖士