大ベストセラー『聞く力』やテレビ『サワコの朝』などでおなじみの阿川佐和子さん。破天荒で、家庭ではわがまま放題だった父・阿川弘之氏が94歳で世を去って1年。これまで明かさなかった、父との最後の日々を語った──
子ども時代から介護の日々まで、父について綴った『強父論』を出版した阿川佐和子さん 撮影/伊藤和幸

「上品に載せてね。スキャンダルチックなのは苦手だから。えっ? テーマが介護だから、スキャンダルになりようがない? あっ、そっか」

 歯切れよく、ユーモアたっぷりに話すのは、エッセイスト・作家として活躍する阿川佐和子さん(62)。

 高齢社会を迎え、2025年には日本の総人口の3割が65歳以上の高齢者になると言われている現在(平成27年・総務省資料)、親の介護問題は他人事ではない。

 阿川さんも、父である作家・阿川弘之氏(享年94)の介護を経験し、昨夏、見送った。

「介護のやり方は千差万別で、正解はないと思うんです。私もそうだけど、多くの人が初体験。だから、"えっ、こうなったらどうするの?"って、あちこちにぶつかりながら、対応していく感じでした」

 間もなく一周忌を迎えるにあたり、子ども時代から介護の日々まで、父について綴った『強父論』(文藝春秋刊・7月29日発売)を出版した。

 そこには、大作家に愛された、ひとり娘の幸福な日々──ではなく、傍若無人な父親に、どれだけ家族が振り回されたかが綴られている。

 それでも、"オレ様"な父とのエピソードに、思わず笑ってしまうのは、阿川さんの父への敬愛の情がふんだんに込められているからだろう。

 その父も年をとり、晩年は介護が必要となった。

「いずれ来るとは思っていたけど、父が90歳を迎え、自宅で転倒して入院し、誤嚥(ごえん)性肺炎も併発していると知ったとき、"とうとう来たか"と覚悟しましたね。当時、80代半ばだった母も、もの忘れが始まって、耳も遠くなっていたので、2人で暮らすのはもう限界。さあ、親をどうする? 仕事はどうなる? と、あたふた」

 当時から『TVタックル』(テレビ朝日系)や『サワコの朝』(TBS系)の司会、『週刊文春』の対談ページなど、いくつものレギュラーを抱えていた。しかも、エッセイや小説など執筆の締め切りもある。そこに親の介護が加われば、パンクするのは目に見えていた。

短期集中型の介護では身がもたない

阿川弘之氏。1999年文化勲章受章。代表作に『春の城』『雲の墓標』『山本五十六』など

「父はあの性格ですからね。"俺を老人ホームに入れたら、自殺してやる!"なんて断言してるし、きょうだい(兄と2人の弟)は協力的でも、親としては、息子より、娘のほうがわがままを言いやすいんでしょうね。父の入院先と母が待つ実家を行ったり来たりしながら、介護離職も真剣に考えました。頭の中で、貯金額を計算しながら、仕事を辞めても、しばらくは生活できるぞってね」

 それでも、介護離職を踏みとどまったのは、"介護の先輩"である、学生時代の友人たちのアドバイスがあったからだ。

「もうね、この年になると、みんな経験者なの。だから、今後どんな問題が起きるかも教えてくれて。中でも、"アガワ、1年で終わると思っちゃダメだよ"というアドバイスは心に刺さりました。そうか、10年続くかもしれないのね。だとしたら、短期集中型の介護では身がもたない。共倒れにならないためにも、自分の生活を維持しつつの介護が望ましいって」

 ありがたいことに、ぎりぎりまで仕事を続けていた父には、そこそこの貯えがある。介護付きの病院を探す手もありそうだ。

 きょうだい間でも話はまとまり、父が入院中に、阿川さんたちは、父を受け入れてくれそうな老人病院を探した。

「ウチは本当にラッキーだったんです。たまたま知人の紹介で教えてもらった老人病院に空きがあって、"大丈夫ですよ"と受け入れてくれることになったんです」

 やがて、退院の時期を迎えた父に、子どもたちは「安心して暮らすために」と、目星をつけた老人病院を提案した。

 すると、父は意外なほど素直に転院を受け入れたという。同じタイミングで、実家にひとり残る母にも、昔なじみのお手伝いさんが通いで来てくれることが決まり、ひとまず老親2人の安全な生活が確保できた。

「父がその病院を気に入ったのは、職員の対応のよさはもちろん、病院食がたいそうおいしく、お酒も飲め、外出もできると自由な環境だったからです。とはいえ、入院が長期化するにつれ、いくらおいしくても病院食に飽きてくるんですね。例えば、熱々で食べられないとか」

 そこで思いついたのが、週に1度の母との見舞いのときに、鍋料理を作ること。

「病院の許可をいただき、病室内に電磁調理器を持ち込んで、すき焼きをしたり。"味が濃い"だの"安い肉を食わすな"だの、文句を言いながらも、父はとても喜んでくれました」

 こうして、介護生活は軌道に乗った。さりとて、老親2人を抱えた娘である。ストレスがたまらないわけがない。