座禅で何が変わるのか

「大きくわけて3つあります」

「まず話のポイントが、瞬時につかめるようになった。たとえばクライアントが求めていることが、メールを一読しただけで分かる。目の前の仕事を、どの順番で片付ければいいか頭の中で整理できる。それまでの私では考えられないことです」

「2つ目は、気が利くようになったこと。たとえば上司にお酌をするタイミングもわかるようになったし、電車にお年寄りが乗ってきたときも、スッと自然に席が譲れるようになった。昔はそういうことでイチイチつまずいていたんです。こうなると気持ちにゆとりができて、自分に自信がつくし、毎日が楽しい」

「3つ目は勘が良くなったこと。この前、親友の結婚式でのことです。お気に入りのドレスを着ていこうと鏡を見たら『今日はやめとけ』という声がした。そうしたらなんと、同じテーブルに同じドレスを着ている人がいたんです」。

 これも座禅の効用かな、とNさんは笑う。

本原稿の著者・平岡さんが書いた『松田さんの181日』(文藝春秋社) 画像をクリックするとAmazonにジャンプします
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 今やグーグルやアップルといった、アメリカのIT関連の大企業が、こぞって社員たちに瞑想を奨励する。

 教育や研修プログラムの一環で座禅を組み、瞑想することで、仕事はもちろん、人生の質も変わるというのだ。これは「シリコンバレーZEN」と名付けられ、いまアメリカ西海岸では60年代のヒッピー以来のZENブームが巻き起こっている。

 ZENの本場日本でも、ここ数年、早朝座禅や日曜座禅を開催する寺が増えてきた。ざっと検索してみただけでも20軒以上が日常的に座禅会を開き、どれも盛況だ。

 これに瞑想セミナーや、仕事に活かせる「マインドフルネス講座」まで入れると、都内で座禅や瞑想ができない時間帯や場所はないといってもいいだろう。

 書店に行けば禅を扱った書籍や雑誌がたくさん並ぶ。とくにビジネス書では「マインドフルネス」や「呼吸法」は一大ブーム。自己啓発本の一ジャンルとして定着した。

 禅や瞑想は、エコロジーや健康志向、断捨離やミニマリズム生活とも相性がいい。女性は自分の心身の不調に敏感。現在は禅寺が、心身のバランスを整えたい女性たちの「駆け込み寺」として機能しているのかもしれない。


平岡陽明(ひらおか・ようめい)◎1977年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。'13年「松田さんの181日」で第93回オール讀物新人賞受賞。