ボクシングをやめたくなった時期はありましたか。

「3か月目がいちばんつらかったですね。うまくならないし、ひとり、いつまでも変だし。そのときにいいグローブを買いました。買えば続くと思って」

 本の中でも書かれている“中年体育心得8か条”のひとつ、〈やめたくなったら、高価な道具をそろえる〉ですね。

「はい(笑)」

 角田さんが独自に見いだした“中年体育心得”では〈中年だと自覚する〉〈高い志を持たない〉〈他人と競わない〉など、どれもフムフムとうなずいてしまう教訓が紹介される。

『なんでわざわざ中年体育』(角田光代=著 1400円 文藝春秋) ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします
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運動を始めて自分と人を比べなくなった

 健康や美容などの目的ありきで運動する人も多いと思いますが、角田さんの視点は独特です。

中年になってから始めてもできることがあるのか、自分にそれができるのか。そこに興味があるんです。“向き不向き”とは、好きなことは向いていて、嫌なことは向かないという意味だと思っていたんですけど、実はそうじゃなくて、やってて嫌なことでもできちゃう。嫌だけど向いていることもあるってことを知りました。

 嫌だ嫌だと書きましたが、私は長距離が向いてると思います。本当に走るのは嫌いですが、フルマラソンを走ったら走れてしまった。4回目の『那覇マラソン』では、前回のタイムから7分縮めて、4時間33分という記録も更新できました」 

 マラソン中は、沿道に並べられた給食に対する食欲とも戦っていますね。

「本当はすごく食べたいんですけど、タイムが下がるのが怖くてなかなか食べられない。『那覇マラソン』のサーターアンダギーを食べて、のどに詰まらせたら大変とか。でも、チューチュー(アイス)をもらったときは、こんなに美味しいんだ、と感動しました」

 中年体育を始めて日常生活での変化はありましたか。

いちばん大きいのは、精神的に人と比べなくなったこと。あの人はこうで私にはこれがないとか、あんまり考えなくなりましたね」

 ちなみに『中年体育』というのは角田さんが考えた言葉ですか。

「はい。世の中の風潮として、中年になることや老年になることについて、あまりにも足掻いたり抵抗しているように思うんです。ちゃんと中年を引き受けようよ、とか、老いていきましょうよ、っていう気持ちが常にあって。それプラス“体育”って響きは、授業の中に入っているから嫌々やらされるものって感じがあって、2つの言葉を組み合わせたんです」

<プロフィール>
かくた・みつよ◎1967年生まれ。神奈川県出身。作家。2005年『対岸の彼女』で第132回直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞を受賞。ほかに『かなたの子』(文藝春秋)など著書多数。『紙の月』、『八日目の蝉』、『空中庭園』など映像化された作品も多い。