そんな日常の中で、あるテレビ番組のアシスタントディレクター(AD)から仰天の問い合わせがあった。使用許可申請があったのは、NEWSポストセブンに掲載した『週刊ポスト』からの転載記事だった。

AD「……というわけですので、この記事の使用許可をください」

「使用許可は週刊ポスト編集部に連絡いただけますか? 番号は……です」

AD「でも、私はNEWSポストセブンを読んで今、電話をしているんです」

「ただ、記事の出典は『週刊ポスト』なんです。実際にポストを読んでいただければわかりますが、同じ内容の記事があるはずです」

AD「『週刊ポスト』、ここにはないんですよ!」

 かつて、テレビのリサーチャーやADはとりあえず雑誌を多数購入し、ネタを探していたが、いまやトランプ氏の「指先介入」ならぬ「指先探索」で情報をすべて集めようとしている企画担当者もいるということだろう。コンビニに少し行くだけの余裕すらないほど、テレビの企画担当者は時間がないのかもしれない。

マスメディア人が「バカにしていた」ネット

「記者は足で稼いでなんぼでしょ?」「ネットなんてまだまだサブカル以下でしょ?」「そんなものをニュースにする感覚がわからない」――

 2000年代中盤、J-CASTニュースやITメディアニュース、私も関与している(いた)アメーバニュース、R25は、「ネットも“社会”の1つ」という考えの下、「ネット事件簿」的なものも記事として紹介していた。それこそ、「豚丼を牛丼店の店員が山盛りにして『テラ豚丼』を作り、それを動画配信して炎上」といった記事である。

 当時、新聞記者やテレビマンとの会合などでこうした話をすると鼻で笑われたものだ。かつてのマスメディア人は、「ネットはあくまでもオタクが集う場所であり、世間に顔出しできぬ臆病者が傷をなめ合ったり、匿名で立場ある者を罵倒したりする異常空間である」ととらえていたフシがある。悪い言い方をすれば「バカにしていた」といえる。

 ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は「2ちゃんねるはゴミため」という趣旨の発言をしたことがある。同じくジャーナリストだった故・筑紫哲也氏も「ネットの書き込みは便所の落書きのようなもの」と言っていたものだ。

 そんなふうに揶揄されていたネット発の情報だが、テレビ関係者も無視できない存在になったどころか、ネット頼みになっているテレビ人も少なくない。それは新聞や雑誌も同じだ。

 ネット発の情報がいまや世間を大きく騒がせ、時代を動かすこともある。黎明期からのネットニュースを知っている編集者としては感慨深い。皮肉なものだ。


中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)◎ネットニュース編集者、PRプランナー。1973年、東京都生まれ。一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。2001年に退社し、雑誌のライター、「テレビブロス」編集者などを経て、現在に至る。大の「サッポロ生ビール黒ラベル」ファン。