「引退を決断するにあたって本当に悩みました。でも、やり残したことは何かと考えたときに“ない”と思えたし、すべてをやり尽くした。後悔はないです」

 日本のみならず世界中に夢と感動を与え続けてくれた浅田真央さん。代名詞のトリプルアクセルやステップなど、その卓越した技術で世界のフィギュアスケート界を牽引。同時に、“真央ちゃ~ん!”と誰からも親しまれる愛らしい人柄で、国民的な人気アスリートとして多くの話題をふりまいてくれた。

 そんな彼女が引退会見で語った言葉。さらに、これまでイベントや記者発表の場で見せてきた素晴らしい笑顔を秘蔵ショットで振り返ります。(すべての写真は週刊女性PRIMEでご覧ください)

引退会見(2017年4月12日) 撮影/伊藤和幸

私とスケート

「初めてスケート靴をはいたとき5歳でしたが覚えていないんです。でも、ヘルメットをかぶって、スキーウエアを着て、ひじ当てとひざ当てをしていた写真は残っています。それから21年もの間スケートをやってきて、やはり楽しいと思える瞬間は技ができるようになること。“次は2回転、3回転も跳びたい!”ってどんどんできるようになったときは、本当にうれしい気持ちになりました。すべてが生活の中心だったので、まさにスケートこそ私の人生です!」

トリプルアクセルへの思い

「伊藤みどりさんのようにトリプルアクセルが跳びたいと思って、その夢を追ってきました。小さいころ、長野県の野辺山で行われる新人発掘の合宿で初めて降りて、すごくうれしかった記憶があります。自分の強みでもあったと思うんですけど、その反面、悩まされることも多かったですね。もしトリプルアクセルに声をかけるなら……。“なぜもっと簡単に跳ばせてくれないの!”って感じです(笑)」

涙、涙の五輪

「2度の五輪は今後の人生においてもすごくいい経験でした。銀メダルだったバンクーバーのときは19歳。若くて気が強くて、気持ちだけで乗り越えたという感じがします。ソチのショートは残念な結果だったけど、4年間の思いをフリーに注ぎ込めた。最後は上を向いて“終わった”と思ったと同時に“よかった”ってうれしくて涙が。でも、バンクーバーのときも悔し涙を流していたので、これじゃダメって思ってすぐ笑顔にしました(笑)」

競技人生最後の試合

「最後の全日本選手権でも、もちろんノーミスを考えていました。演技を終えたときは、やはり完璧ではなかったですし、自分の中の最高の試合ではなかったので、悔しい気持ちもあった。その後、キス&クライで順位がコールされたときに、“もういいのかもしれない”というふうに思えたんです。それは、この大会には12歳から出場しているんですけど、一番残念な順位(12位)に終わったから。そうした結果も、大きな決断に至るひとつのきっかけになったのかもしれません」

後輩たちへのエール

「小さいころは、伊藤みどりさんをはじめ、素晴らしいスケーターがたくさんいました。その方たちを見て、私もこうなりたいと思って、ずっとそれを目指してきました。ジュニアやシニアに上がってからは、本当にみんな強く、魅力ある選手ばかりが集まって、切磋琢磨しながら頑張ってきた。なので、これからのスケーターの子たちも、みんなで高めあって、刺激し合いながらやっていってほしいと思います」

結婚願望

「結婚の予定ですか……今のところないです(笑)。お相手がいたら、一緒に今日もいれたんですけどね。(台湾の記者から福原愛の話をふられて)愛ちゃんとは友達なので、台湾でいい方がいたらぜひご紹介してほしいなとは思いますよ(笑)。それと、行ってみたい国が台湾なので、ぜひ愛ちゃんに案内してもらいたいと思います!」

新たな夢への一歩

「引退したばかりですが、もしまた生まれ変わることがあったら……スケートの道は選ばないと思います(笑)。それは26歳までスケートをやって、すべて出し尽くして、もう悔いはないから。食べることが好きなので、ケーキ屋さんとか、カフェ、レストランをやっていると思いますね。でも今は、夏のアイスショー『THE ICE』で引退後、初めてみなさんの前で滑るので、いい演技を目指したい。あとフィギュア界にも、何らかの形で恩返しできるような活動もしたいです」