「男の子が思春期にさしかかったら、子育ては引き算です。これまでとやり方をガラリと変えて臨んでください。子ども扱いしすぎることが、親子の関係を悪化させます。とはいえ、突き放して安心できるほど大人になりきれないのが、この時期の特徴です。どう手放してどう見守るか。その頃合いが、今後の息子さんの人生を決めます」

 そう語るのは、開成中学校・高等学校の柳沢幸雄校長。“開成”といえば、東大合格者数36年連続日本一で知られる名門進学校だ。その柳沢校長が、この春に出版した『母親が知らないとヤバイ「男の子」の育て方』(秀和システム刊)には、母親が思春期の男の子と向き合うための具体的な方法論が詰まっている。詳細は本書を読んでもらうとして、そもそも思春期の男の子が急に無口になり、何かを話しかけても「うるせぇ」としか言わなくなるのはなぜなのか、その心理について解説してもらった。

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 開成中学校・高等学校は男子校です。開成の保護者会では、こんな言葉が飛び交います。

「最近、息子がまったく口をきかなくなった」
「あれこれ質問すると、めんどくさそうに『うるせぇ』と吠える」
「わが子なのに、どう扱ったらいいかわからない」

 男の子の思春期は、母親にとって未知の迷宮です。無口になる、怒鳴る、無視する。友達や部活の仲間が最優先で、何やらつるんで怪しげなことをやっている。急に性的なことに興味を持ち始めるのも、母親にとっては衝撃でしょう。

 でも、これらのことにはすべて理由があります。その理由や本人の思いを理解せずに接すると、「うるせぇ!」のひと言を残し、部屋にこもる。それが思春期です。

 思春期男子が家族に発する会話には、「三語主義」「四語主義」があるというのが私の自説です。三語主義は、「メシ、風呂、寝る」の三語のみ。四語主義は「メシ、風呂、寝る、うるせぇ」の四語で会話を済ませようとすることです。

 なぜこんなに短くなってしまうのか。男子は思春期になると、親が介入しない世界が楽しくなってくるからです。男だけで群れて遊ぶ世界、あるいは、部活の先輩・後輩で成り立つ世界。そこには、仲間内だけで通じ合える会話やルールがあります。だからこそ楽しい。まさに「大人にはわからない楽しい世界」が生まれるのです。

 こういう世界が存在すること自体を、好意的に思わず、理解しない母親は多い。わからないから、的外れなことを言ったり、心配して「やめなさい」などと言う。それが「うるせぇ」わけです。理解してくれないのなら、口をききたくない、ということです。

「それなら、きちんと説明してくれればいいじゃない」と反論したくなるでしょう。いや、きっと息子は、一度は説明しているはずです。彼なりのつたない言葉で一生懸命に説明したのです。しかし、多くの場合、母親は息子の言葉をさえぎるように、「なにそれ」と批判的に言う。あるいは、「そんなことやって、学校からどう思われるか」などと、世間体を気にするようなことを言うのではないですか?

 多くの男子は、この時点で貝のように口を閉ざしてしまいます。「もう母親になんかわかってもらわなくてもいい、めんどくせぇ、うるせぇ」となる。

「ちゃんとわかってほしい」と思う殊勝な子なら、母親のコメントに我慢しながら、自分の周囲の人間関係、母親が知らない自分の好みや空間などを、なんとか説明しようとするでしょう。わからない人に辛抱強くわかるまで伝えるのは、大変なことです。

 仲間内ならあっという間に理解し合える内容を、一から十まで説明しなければわからない。一生懸命に言葉を尽くそうと努力しているのに、思うように自分を理解してくれない。自分なりにちゃんと伝えたつもりなのに、最後にまた批判される。そうなったら、やはりもう話す気になれないでしょう。

 そもそも男の子は、息子の何もかもを知ろうとする母親が「うるせぇ」のです。母親に知られたくない、介入してほしくないことがたくさんあるのに、知ろうとするのが「無理!」。根掘り葉掘り聞かれること自体に、うんざりします。

本当は、心の底で母親を頼っている?

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 しかし、「うるせぇ」と言いながら、まったく母親を無視し、頼っていないわけではないのです。思春期を迎え、母親の庇護から離れようとし、母親の知らない世界に羽ばたいていこうとするのですが、そこには荒野が待っています。新しい人間関係や環境に緊張が高まり、自分ひとりで乗り越えていけるかどうか、自信がないのが本心です。

 だから、「うるせぇ、黙ってろ」と言い放ちながら、その言葉の後ろに「本当は、不安でたまらないんだよ、母さん」と、心の中で付け加えているのです。乱暴に言えば、「うるせぇ」は、「ねぇ、母さん」と同義語です。

 母親側から見れば、「そんな理不尽なこと!」となるでしょう。でも、思春期の男子は、理不尽のかたまりです。親への反抗心と、親に頼りたい気持ちが一緒になり、はなはだ失礼な言動を重ねます。混乱のときなのです。そんな混乱している自分をどうしていいのか、うまく対処できないのです。

 だから、「うるせぇ」と言っているうちは、まだ少し自分を頼りにしていると解釈し、生意気な息子を受け入れてあげてください。それぐらいの気持ちで接したほうが、息子は母親に対して好意を持つはずで、いい距離も保てます。「うるせぇ」と言う息子をつかまえて、さらにガミガミ言うと、完全に口を閉ざします。

 子どもが離れて行こうとするときには、親は追いかけないことです。逆に、少し離れて静観してください。危なっかしくて見ていられないと思っても、そこはぐっとこらえてただ見つめるしかないのです。

 そうしているうち、息子は少しずつ成長し、「メシ、風呂、寝る、うるせぇ」のほかに、もう一語、「ありがとう」が加わるときが来ます。「五語主義」になったら、男子の成長も反抗も一段落だと考えていいでしょう。

<プロフィール>
柳沢幸雄●1947年生まれ。東京大学名誉教授。開成中学校・高等学校校長。開成高等学校、東京大学工学部化学工学科卒業。71年システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74年退社後、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士・博士課程修了。ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、併任教授(在任中ベストティーチャーに数回選ばれる)、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て2011年より現職。シックハウス症候群、化学物質過敏症研究の世界的第一人者。主な著書に『東大とハーバード 世界を変える「20代」の育て方』(大和書房)、『なぜ、中高一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社新書)、『18歳の君へ贈る言葉』(講談社+α新書)などがある。