作品に罪はない

 だけど私は“作品に罪はない”と思うんです。

 不祥事を起こした人間は、もしそれが刑事事件に触れるのであれば、それなりの裁きを受けるわけですし、社会的制裁も十分に受けるわけです。中止によって発生する損害を被ることが、果たして反省のプロセスに必要な手段なのでしょうか。

 連帯責任を負わせることで、事の重大性を把握させ、抑止力に繋げたいという意見もわからなくはないですが、作品に罪はないはず。私は芸能人のイメージダウンに繋がるスキャンダルが出るたび、すぐにお蔵入りにしてしまう最近の風潮に危機感すら覚えます。

 芸能人が自らの社会的立場を自覚せず、軽率な行動をとったこと関しては一切擁護できませんが、その人間の才能によって作り出される作品に、私たちが罪を被せて抹殺してしまうのであれば、それはあまりに残念なこと。こう感じている人は私だけではないはずです。

<文/フィフィ 構成/岸沙織>