警察本部が受理する110番通報は一日約1800件

 交通事故を目撃した。路上で殴り合いのけんかをしているところを見かけた。酔っ払いが道ばたで寝ている――。日常でこんなシーンに遭遇したら、どんな行動を取るだろうか。

110番業務の現状

「警察に通報する」という人は少なくないだろう。そのときにコールするのが「110」。いわゆる110番(ひゃくとうばん)である。これが当事者である警察官の立場から見るとどんな光景なのだろうか。110番業務の現状を明かそう。

 110番通報は、おおむね、

(1)殺人、強盗、傷害、窃盗などの刑法犯に関するもの

(2)ひき逃げ、当て逃げ、人身、物件事故や駐車違反などの交通関係

(3)軽犯罪法、覚せい剤、などの特別法に関するもの

(4)病人、迷子、家出人、酔っ払いなどの傷病人などに関するもの

(5)自然災害、火災などの災害に関するもの

(6)異常発報、非常通報、犯罪情報などの情報に関するもの

(7)騒音、悪臭、暴走族など要望、苦情に関するもの

(8)地理案内、遺失届、拾得届などの各種照会に関するもの

(9)いたずらや虚報などの無関係なもの

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 に分けられる。110番勤務は、警察業務の中でも特殊な勤務であり、警察本部内の「地域部・通信指令課」が正式名称。本部勤務ということで、地域警察官にとっては栄転になるものの、実はそうでもない。個々のストレスは計り知れない。

 県警に28年勤めていた私が知るだけでも、110番業務のストレスから勤務ができなくなり否応なしに異動せざるをえなくなったり、病気で休暇を余儀なくされたり、退職に追い込まれたりしたケースはごまんとある。

 現在も状況はさほど変わっていないようだ。私の知るかぎり、変わったことといえば、非常勤職員と呼ばれるアルバイトがいなくなったことくらいである。あとは変わらず過酷な労働条件の中での勤務を余儀なくされていると聞く。

ほとんどが苦情やクレーム

 同じ警察官からは「楽な部署でいいよな」とよく言われるようだが、当人からは「いつでも代わってやるよ」という気持ちが正直なところ。見た目と現実がこんなに違う部署はない。

 何がストレスをためるのか。まず、30分単位で1日24時間の勤務割が決められている。閉塞感が半端ではない職場環境で、自由な刑事とは違って身動きができない。5時間前後ぶっ続けで受理するような状況もしばしばある。その間、受ける110番の内容は、ほとんどが苦情やクレーム。モラルに欠ける理不尽な要求とわかっていても無視することは困難で、聞いているだけでも一苦労だ。

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 警察本部が受理する110番通報は、1日約1800件。多いときは3000件を超えることもある。年間で約65万件にも上る。 こうした状況の中、勤務員は、24時間ほとんど寝ずの勤務を強いられることもしばしばだ。

 実際の通報にはどんなものがあるのか。たとえば、救急車や消防車を呼ぶ119番と間違われることがある。これは全然かわいいほうで、「○○さんの電話番号を教えてほしい」という電話もある。「こちらは110番の緊急電話です」と答えると「そんなことは知っている。NTT(の電話番号案内の104番)はカネがかかるからそこに電話したんだ」と当たり前のように返されたケースもある。

 ほかには、生活音に対する苦情の電話は多い。隣の犬の鳴き声、道路工事、花火、ヘリコプターなどさまざまだ。「自動車のバッテリーが上がってしまったから助けてほしい」「タイヤがパンクしたから交換してほしい」「自転車のチェーンが外れたので直してほしい」などという連絡もある。

 きりがないが、箇条書きでさらに紹介しよう。カッコ内は電話を受けた警察官の本音だ。

警察に通報するようなことなのか

○交通関係

・前を走っている車は速度違反だ、捕まえろ(通報者自身その車を追いかけているということは自分も速度超過してるはずなのだが)

・なんでこの道の制限速度は40km/hなのか? 俺はいつも60km/hで走っているが危険はない。規制を変えろ

・後ろのクルマからあおられている

○その他の苦情

・隣の家の毛虫をなんとかしてほしい

・家の軒下にハチの巣ができたので取ってほしい

・ハトが死にそうだからなんとかして

・店にスズメが入ってきたので捕まえて

・自販機のおつりが出てこない

・公園のトイレに紙がない

・パソコンの調子がおかしい

・テレビの電源が入らない

・収集日じゃないのに隣の人がゴミを出している

・ゴキブリが出たのでなんとかして

・パチンコで勝てない

○要望関係

・犬(猫)が車に轢(ひ)かれている

・終電がなくなったのでパトカーをまわしてほしい

・タクシー代がないからパトカーを向けてほしい

・家を留守にするので犬に餌をやってほしい

・自宅の鍵を忘れて、家に入れないので鍵をあけてほしい

・自宅のガスの元栓を閉めたかどうか確認してほしい

・お腹が空いたので何か食べさせてください

※これは、小学生の男子からで、聞くと、「お母さんが困ったら110番しなさいと言った」として掛けてきたもので、当時母親は近隣でパチンコをしていた。

○相談関係

・彼女(彼氏)に振られてしまった

・仕事がないので紹介してほしい

・店の飲食代が高い

・カラスが攻撃してくる

○いたずら

・「人を殺した」と話してそのまま電話を切る

・無言電話

・酔っ払いの戯言

・マニアによる一方通行のおしゃべり

・「今、何時?」

 本来110番は緊急の事件・事故などをいち早く警察に通報するための緊急電話であるが、これらの不要・不急の電話によって対応できなくなってしまう。たった一秒の遅れによって命を落とすことさえ有り得るのだ。

 警察官の精神をむしばむイタズラ電話は問題外であるが、緊急でない場合「♯9110」といった生活の安全や悩み事に関する警察相談専用番号を利用することもできる。国民個々のモラル向上と♯9110の認知が向上すれば、より警察は国民の安全を守ることができるはずだ。


佐々木 保博(ささき やすひろ)◎危機管理コンサルタント/セーフティ・プロ代表。1980年から埼玉県警察官として28年間勤務したのち、円満退職。その後、国会議員の公設第一秘書を経て、日本の慢性的な危機管理意識の欠如を痛感。警察では立ち入れないところの「正義」を実現するため「民間警察」として困った人のあらゆる悩みに解決策を提供する、株式会社セーフティ・プロを設立し、代表取締役に就任。警察OBの経験を生かしつつ、日々多様化するストーカー被害、反社会勢力などによる暴力、家族の失踪など日常のあらゆるトラブルに対し、警察や弁護士と違った角度から、常に相談者の気持ちを考えて適切な対応をアドバイスしている。