見た目は赤い小さなアリで専門家でも一目で見分けるのは難しい(環境省提供)

刺されると死に至ることも

 日本に初上陸した、環境省指定の特定外来種、ヒアリ。大阪港、神戸港などで相次いで発見され、駆除されている。

「市販のアリ駆除薬も使えますが、気をつけてほしいのは不用意に巣に近づいたり、壊すこと。怒って襲ってきます」

 と、外来生物を調査する環境省の若松佳紀研究員は注意を促す。ヒアリは定着すると地上15センチ以上のドーム状のアリ塚を作るのが特徴。こうした巣を国内のアリは作らない。アリを研究する専門家で沖縄科学技術大学院大学の吉村正志研究員は、

「ヒアリは何もしなければ刺しません。ただ刺されると痛いし、人によってはアナフィラキシーショックで死ぬことがあります。しかし、速やかに医療機関で処置をすれば、その場ですぐに死ぬような大変な毒ではありません」

 と過度の警戒をたしなめる。

 ただ万が一、刺された場合は、

「患部を触らずに20~30分、安静にして変化がなければゆっくりと病院に行きましょう。呼吸困難など大きな変化が出たら救急搬送し、アリに刺された、と伝えてください」

 と続ける。

 吉村研究員が健康被害以上に懸念するのはヒアリによる経済、特に農業への打撃だ。

「ヒアリは都市公園や街路樹の付近など日当たりがいい場所に巣を作ります。子どもは自由に遊べなくなるし、観光やレジャーにもマイナスイメージです。牧草地にアリ塚ができれば、家畜が刺されます」

 水際での攻防が続いているヒアリだが、東京でも100匹以上が発見された。

「発見以前から入り込んでいるかもしれません。物流が活発ななか、海外から送られてきたものに何も紛れ込んでいないことはありえません。外来生物の問題は今後も起こり続けるでしょう」(吉村研究員)

フタトゲチマダニ(国立感染症研究所提供)

 怖いのは外来生物だけではない。ヒアリ以上に注意したいのが『マダニ』だ。日本中どこにでも生息している身近な生物で、春から秋にかけて雑木林や草むらで活発に活動する。大きさは1ミリほどだが、人や動物の皮膚に張りつき、吸血すると1センチほどにまで膨れ上がる。このマダニが原因の健康被害は後を絶たない。

「病原体を保有しているマダニにかまれると感染症を引き起こすおそれがあるのです。特に気をつけたいのが、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)です。現段階では、有効な治療薬や治療方法はありません」(厚生労働省・担当者)

 今年もすでにSFTSで4人が命を落としており、先月も広島県三原市の90代の女性が死亡した。国立感染症研究所によると、昨年1年間に57人が感染し、8人が死亡しているという。その被害は西日本を中心に広がっている。

「SFTSウイルスを保菌したマダニは青森県くらいまでいるといわれています。感染者が報告された北限は、現在は石川県ですが今後、北上する可能性はあります」

 と、SFTSの治療薬を研究する愛媛大学の安川正貴教授は指摘する。

 厚生労働省の資料によると潜伏期間は6日~2週間程度。SFTSウイルスの治療薬開発を行っている長崎大学熱帯学研究所の早坂大輔准教授は、

「発症すると、発熱や嘔吐の症状が現れます。この段階で回復することもありますし、重症化するおそれもあります。重症化すると消化器官などから出血を伴うこともあり、ほかにも病名のとおり、血小板が減ったり、多臓器不全となり命を落とす場合もあるのです」

 と、説明する。さらに、

「年齢が高いほど重篤になる傾向にあります。10代20代も感染する人はいますが、少ないし死亡者もいません。重症化するのは50代以上、亡くなる人は特に70代以上の高齢者が被害に遭っています」

大量のマダニがついた犬の耳。マダニはペットや家畜にも寄生する

 恐ろしいのはその致死率。国立感染症研究所ウイルス一部の西條政幸部長は、「致死率は25%と非常に高いのが特徴です」と指摘し、

「何より、まずはかまれないことです。畑仕事やハイキングなどでダニが生息しているところを歩くときは長袖、長ズボンを着用し、肌を露出しない。帰宅後は入浴して流しましょう。特にマダニが好むのは、内ももや耳の後ろなど皮膚が柔らかいところです」

 もし、マダニが皮膚にかみついているのを発見したら、

「自分で取らず必ず病院で取ってもらってください。無理に取って皮膚に針が残ると炎症を起こし化膿するおそれがあります」(前出・西條部長)

 とはいえ、SFTSを発症すれば、現在では対症療法しか治療法はない。前出・安川教授らは病気の解明を急ぐとともに、治療薬の研究も進める。一部のインフルエンザ治療薬に効果がみられるのだ。

「研究はスタートしたばかりで解明や薬の普及には時間がかかります。ただこの薬を投与した患者の症状が軽くなり、回復したケースもありました」

 その効果に期待も高まる。

濡れた葉っぱの上にいるヒアリの集団

 刺されたら死に至るケースがあるヒアリ、マダニの一撃。吉村研究員は言う。

「アリをいたずらに怖がらないでください。ヒアリを心配し、アリを駆除しようと大量に殺虫剤を使用すれば環境への負荷もかかり、ヒアリじゃないほかのアリにも影響します。もし在来のアリがいなくなれば逆にヒアリは入りやすくなってしまうんです」

 ヒアリ発見後、各地で問い合わせも増えている。

「ほとんどは地域在来のアリです。見分けるのは簡単ではないですが、日ごろから自然にもっと関心を持っていれば違うものが入り込んできたことの変化にも気がつけます。これを機会に外来種と在来種について考えてほしい」(前出・吉村研究員)

 危険な生物の脅威は、自然に目を向けさせるための警告なのかもしれない。