甚大な被害をもたらした九州北部豪雨から、間もなく2か月。福岡・大分両県での犠牲者は36人にのぼり今なお5人の行方がわかっていない。8月24日時点で両県合わせて299人が仮設住宅などでの避難生活を余儀なくされている。

 気象予報士の蓬莱大介さんはこう解説する。

「北九州豪雨では“線状降水帯”という現象が発生しました。激しい雨を降らせる積乱雲が同じ場所で次々と発生し、雨雲がライン状に連なり、その結果、雨雲の下に入る地域では激しい雨がずっと続き、雨の降り方も“数十年に1度のレベル”になりました

 さらに九州北部豪雨では、“大量の水蒸気が流れ込む”“上空に寒気がある”“地形の影響で、風が同じ場所でぶつかり続ける”といった悪条件が重なった。

「普通のゲリラ豪雨であれば1時間程度で終わります。しかし、九州北部豪雨ではなんと10時間も豪雨が続いたのです」(蓬莱さん、以下同)

 実は、’15年の関東・東北豪雨で鬼怒川の堤防が決壊したときも、’14年の広島土砂災害でも、線状降水帯が発生していた。

’15年9月9日から11日の関東・東北豪雨。鬼怒川の堤防が決壊し死者2名、4300人が救助された

 近年、ニュースで“〇年に1度の大雨”という言葉をよく耳にするようになった。そして、短時間に局地的な大雨に見舞われる“ゲリラ豪雨”も毎年、観測されている。

 とりわけ都市部で顕著なのが、ヒートアイランド現象が引き起こすゲリラ豪雨だ。蓬莱さんによれば、

「クーラーの室外機や自動車のエンジン、アスファルトからの照り返し……夏の都市部ではいろいろな熱が放出されます。熱せられて軽くなった空気は上昇、上空で冷やされると急速に雲が発達する。そして雲の中で水滴同士がくっつき合って一気に降ってくると、局地的な大雨になります」

 豪雨に伴い、日本のあちこちで水害が多発し、その被害規模も拡大している。一体、何が起きているの?

「ひと言でいえば、異常気象が続いているということです」

 と蓬莱さん。大雨をもたらす悪条件が重なりやすい傾向にあるという。

「その理由としては、地球温暖化の影響も指摘されています。地球全体の温度がここ数年、特に高くなっていて、世界各地で大雨や干ばつ、猛暑や大寒波など極端な天候が多発しているのは事実。これらの極端な現象は、来年以降も起こらないという理由は見つかりません

日本の夏はすでに“熱帯”

 災害研究の第一人者である河田惠昭教授は、

「この先、さらに雨が降り続けることは間違いありません」

 と断言する。

「すでに日本の夏は温帯ではありません。熱帯です。いずれ、ひとつの台風で3000ミリの雨が降るようになってもおかしくない。すると、台風の上陸前後に土砂災害が増え、台風以外でも、短時間に200ミリ超の大雨がさらに多くなります。広島土砂災害と同規模の水害が、全国で多発するでしょう

 その根拠に河田教授は、地球温暖化による海面温度の上昇を挙げる。

「’09年に台湾に上陸した台風『モーラコット』は総雨量2884ミリを記録し、461人が犠牲になりました。日本でも’11年の台風12号により紀伊半島中央部での総雨量が1885.5ミリとなり、土砂災害により全国で97人の犠牲者が出ました」

 このとき、台湾と日本との総雨量には約1000ミリの差があるが、これは日本より台湾の周辺の海面温度が2度高いためだという。もし地球温暖化の末、日本の海面温度が今より2度高くなったら─。気象庁によれば、日本近海の海面温度は100年あたり平均1.19℃の上昇率で、世界平均の0.53℃に比べて高い。危機は現実味を帯びている。

二級河川はどこでもあふれる可能性が

 地球温暖化が及ぼす影響は多発する大雨ばかりではない。河田教授によれば、温暖化の進行で、台風やハリケーン、サイクロンが強大化する傾向が世界規模でみられるそうだ。

 下の表は、気象庁のアメダスによる5年ごとの雨量観測データ。

アメダスによる1時間の観測データ数(気象庁データより河田教授が作成)

「この統計を見ると、日本の観測雨量は長期的な増加傾向にあることがわかります。激しい雨ほど降りやすくなっています。極端に言えば、従来の統計解析はもはや破綻しているということ。“〇年に1度の大雨”というとらえ方は、もう過去のものだと考えるべきなんです」

 雨量が増しているだけでなく、その降り方にも変化が。例えば、’15年の鬼怒川の堤防決壊。

「この水害は、今までにない気象条件で発生しました。2つの台風と偏西風の影響で、幅100キロにわたる線状降水帯が関東に出現し、鬼怒川の下流部に大雨を降らせました。ところが、上流にある4つのダムは、70%の貯水率にしか達していませんでした。従来の降り方であれば、堤防決壊は起きなかったでしょう。同じような大雨が、一級河川の鬼怒川よりも小さな河川の流域で降れば、必ず洪水氾濫は起こるといわれています。つまり、都道府県が管理する二級河川はどこでもあふれうるわけです

 そもそも高度経済成長に伴う都市化により、洪水の危険度は増した。

「1965年ごろ、大都市の宅地面積は農地面積を上回りました。丘陵地や田畑にも家が建ち、道路も舗装されたために雨が地中に浸透しにくくなり、流域に降った雨がすぐに川に流れ込むようになりました。洪水の最大流量に早く到達するようになったんです」

 もはや、日本のどこに住んでいようとも、水害と無縁である保証はない。

「阪神・淡路大震災や東日本大震災などを目の当たりにしてきた私たちは、地震が起きたらどんな被害が出るかを知っていますし、備えや心構えもあります。一方、1000人以上が亡くなる水害は、1959年に発生した伊勢湾台風から経験していません。そのため“水害は自分には無関係”と考えるほうが普通かもしれませんが、普通のままでいたら自分や家族が命を落とすことになる。水害は日本全国、まんべんなく起こると断言できますから

<解説してくれた人>

◎蓬莱大介さん
気象予報士、防災士。『情報ライブ ミヤネ屋』で気象情報を担当。著書に『気象予報士・蓬莱さんのへぇ~がいっぱい! クレヨン天気ずかん』(主婦と生活社刊)

◎河田惠昭さん
関西大学社会安全学部社会安全研究センター長・教授。日本自然災害学会会長などを歴任してきた防災・減災研究の第一人者。近著に『日本水没』(朝日新聞出版)