父譲りの好奇心で怪異を探っていく

 奇譚とは、珍しい話、不思議な話、という意味である。本書『迷家奇譚』では筆者である川奈まり子さんが実際に体験したり、耳にした話を中心に描かれている。

『迷家奇譚』を上梓した川奈まり子さん

 小学生時代、河原で遊んでいたときに起きたエピソードから、川奈さんがアダルトビデオ女優をされていた時代に体験した話まで、とても幅が広い。ジャンルで言えば怪談なのだが、一般的な怪談では、主人公が怪異に襲われて、理不尽な目に遭う。あくまで怪異に対しては、受動的なパターンが多い。

 しかし、この本は違う。怪異に対して積極的に探りを入れていく。しかも多角的にである。

 現地に行って聞き込みをし、新聞や雑誌、インターネットで徹底的に調べていく、その過程が描かれる。

 例えば大阪で喧伝されている『皆殺しの館』という都市伝説を探るうちに、昭和に起きた実際の事件にたどり着き、また日本書紀に登場する伊邪那岐、伊邪那美のエピソードにまでも思い至る。

 筆者である川奈まり子さんは、第1話の最後に、「奇譚探偵始めました」と語っている。

 どうして川奈さんは怪異を探り始めたのだろうか?

「父の影響が大きいですね。今はもう引退して隠居しているけど、若いころは世界中を飛び回って探検している人でした」

 お父さんは中国の六朝時代などの口承文学が専門の学者だったのだが、のめり込む性質の人で、民俗学や、人類学の人たちがやるようなところまで踏み込んで研究していたという。

 本書の第1話では、中学校の夏休みにお父さんと2人で、柳田國男の『遠野物語』で知られる、岩手県遠野市を旅する話が綴られている。その旅の中、川奈さんはお父さんのアシスタントをしている。まさに奇譚探偵誕生の瞬間だ。

「怪談を聞くと、その背景を調べたくなってしまうんです。そもそもなぜ怪談がそこで生まれたのか? を知りたいんです」

 例えば、川奈さんが撮影スタジオでつじつまの合わない怖い体験をしたエピソードがある。普通なら、ちょっと怖いオチをつけて、実話怪談として仕上げてしまえばいいのだが、それでは川奈さん自身が納得がいかないのだ。

 その場所で過去に何かあったのではないだろうか? その場所に関わった人に何か関係があるのではないだろうか? その事象そのものに民俗的な意味があるのではないだろうか?

 と、さまざまな側面から調査していく。

「父譲りの気質だと思います。性格が悪い性分だともいえますね。人に聞いた話もついつい裏を取ってしまいますからね。『人の話は素直に聞け!!』と怒られることもあります(笑)」

街を調べていくと違う景色が見える

 奇譚探偵の仕事は、地域の知られざる負の歴史、死の歴史を、掘り起こしていくことだともいえる。

 例えば東京・山の手地域で起きた『山の手大空襲』を調べていくと、

「201本の並木が一斉に松明のように燃えた」
「人の死体が山になって、旧安田銀行の2階の高さになった」
「焼夷弾と人の脂が混ざり合って、表参道の交差点を網の目状に覆い尽くした」

 など悲惨な出来事が掘り起こされる。

 青山霊園の近くでは道路の拡幅工事の際、人骨と水がたくさん出た。人夫が小学生に、

「死体の水だぞ!!」

 と水をかけて脅かした、という気味の悪いエピソードが出てきた。

 鎌倉の由比ヶ浜は共同埋葬地だったから、掘れば人骨が出る。海浜公園を作るときは何千体の骨が出た。しかもその骨には首がなかった。どうやら頭部だけお寺に埋葬し、身体は適当に埋めてしまったらしい。

 そんな“死体”が埋まっている場所は都内にも何か所もあって、調べものをするうちに「あ、あそこを掘ったら絶対に骨が出てくるな」と気づくという。

川奈さんと聞き手のライター・村田氏とは旧知の仲。怪談のみならず、都市伝説や歴史の話にも花が咲いて和やかなムード

「そもそも街はおびただしい数の人の死の上になりたっているんですよね。表面上はあたかも“死”なんて存在しないように取り繕っている街でも、少し探っていけばすぐに死が掘り起こされます」

 情報は書物とフィールドワークで入手するのが基本だが、最近ではインターネットを介して、ファンが教えてくれることも多い。

 そうやって根掘り葉掘り、街を調べていくと、街が今までとは違うふうに見えてくるという。

「詳しく調べものをした街、例えば、牛込、板橋、品川……などを歩いていると、過去の景色が立ち上がって見えてくるんですよ。景色がただの視覚情報ではなく、重層的に、複雑に見えてきます」

 関東大震災のがれき処理のために埋められてしまった川が流れ始め、今はない路面電車が走りだす。高層ビルのある場所には、今は取り壊された古い建物が立ち並び、その向こうには、東京城(とうけいじょう=江戸城の、短期間改名された呼び名)のお堀が見える。そして、その街には今はもうこの世にはいない人たちが歩いている。奇譚探偵の目に、街はそのように見えているのだ。

 自分が住んでいる街も、実は死と怪異があふれる場所なんだ、と気づかされる1冊だった。

『迷家奇譚』川奈まり子=著 1600円+税/晶文社 ※記事の中で画像をクリックするとamazonの紹介ページに移動します

<著者プロフィール>
かわな・まりこ 1967年、東京都生まれ。作家、コラムニスト、一般社団法人 表現者ネットワーク(AVAN)代表理事。出版社デザイン室勤務、フリーライターを経てアダルトビデオなどに出演。山村正夫記念小説講座で小説を学び、2011年『義母の艶香』(双葉文庫)でデビュー。『実話怪談出没地帯』『穢死』など著書多数。日本推理作家協会会員。

取材・文/村田らむ

<取材後記>
 作者が、小学生時代、中学生時代、AV女優時代、作家である現在、それぞれの立場で出会った怪異を紹介していく。ジャンルで言えば実話怪談にあたる。怪談は「怖いから苦手」という人がいると思うが、本書は怖さ重視ではない。むしろ怖さのもとを追求していき、探し当てる様子は、探偵小説に近い。ただもちろん、スッキリと解明される怪異はない。どこまでいっても不思議な話である。熱帯夜にスッと肝を冷やしたい人にオススメの一冊だ。