8月27日、他人のさい帯血を無届けで患者に投与した疑いで、関与したとされる販売業者や医師ら6人が逮捕された。がんの治療や美容目的で投与していたとされるが、逮捕された医師の中には小林麻央さんが治療のために通っていたクリニックの院長も。今回の事件で一気に注目を集めたさい帯血の今、知っておきたい基礎知識を本誌が紹介します。

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さい帯血ってどんな血なの?

「さい帯血は赤ちゃんと胎盤をつなぐへその緒や胎盤に含まれる血液です」

 さい帯血を利用した再生医療などに詳しい順天堂大学医学部産婦人科学講座の竹田省特任教授が説明する。

「これから発達しようとする赤ちゃんの血液には、非常に元気な細胞がたくさん入っている。特にその中には造血幹細胞という血小板や赤血球、白血球の原料になるものが入っており、出産の時にしか採取できない希少な血液です」

 60cc~100ccほど採取できるが、出産時に母子身体が危険な状態になった場合にはそのケアが優先されるため採取できないことも。

どうしたら保存できるの?

 さい帯血バンクには国の補助金などで運営される公的バンクと、企業が運営する民間バンクがある。

公的バンクは主に血液疾患の第三者へ提供されるもので、民間バンクは自身または血縁者が使用するために保存するものです。現在は再生医療への活用が主で、公的バンクとの役割が明確に差別化されてきていますね」

 そう話すのは、民間バンク最大手のステムセル研究所の清水崇文代表。同社には約4万名のさい帯血が保管されている。同社に直接連絡をすることで、申し込むことができ、同社が提携していない病院でも採取することが可能。

 採取されたさい帯血は、同社の細胞保管センターに運ばれ、液体窒素タンクで保管される。理論的には半永久的に保存が可能。10年間保管するプランでは24万円(税別)必要になるという。その一方で公的バンクは全国に6か所あり、80か所の提携医療機関のみで採取可能。寄付としてバンクに保管され移植が必要な患者に提供される。保管期間は10年で、その後破棄される。

 日本では採取に関する情報が積極的に与えられないが、米国は少し状況が違う。

「米国では’05年に医師がさい帯血の採取に関して妊婦に選択肢の提示を義務づける法律が成立しました。これによって、さい帯血を利用するさまざまな臨床研究がスタートしています。日本もさい帯血の研究を進めていくべきだと思います」(竹田特任教授)

どんな治療に使われるの?

 さい帯血は有効性が認められている27疾病には届け出なく移植が認められている。これ以外の疾病にさい帯血を用いる場合は、届け出を行い、倫理委員会などで検討される。

【移植の有効性が認められている27疾病】
(1)悪性リンパ腫(2)横紋筋肉腫(3)鎌状赤血球症(4)肝芽腫(5)急性白血病(6)血球貪食症候群(7)原発性免疫不全症候群(8)骨髄異形成症候群(9)骨髄増殖性腫瘍(10)骨髄不全症候群(11)骨肉腫(12)サラセミア(13)神経芽腫(14)腎腫瘍(15)膵がん(16)組織球性及び樹状細胞性腫瘍(17)大理石骨病(18)中枢神経系腫瘍(19)低ホスファターゼ症(20)乳がん(21)表皮水疱症(22)副腎脊髄ニューロパチー(23)副腎白質ジストロフィー(24)慢性活動性EBウイルス感染症(25)免疫不全関連リンパ増殖性疾患(26)ユーイング肉腫ファミリー腫瘍(27)リソソーム病

 前出の竹田特任教授は次のように説明する。

「白血病のような血液のがんの治療に主に使用されています。白血病では抗がん剤や放射線治療を行うことで、造血機能を破壊し、新たに血液のもとを作り出す造血幹細胞を移植して治療を行います」

 さらに、さい帯血の移植は臓器移植と同じくらい慎重に行うべきだと前置きをして、

「赤血球にA型B型O型と型があるように白血球にもHLAという型があって、他人のさい帯血を移植する場合には、これがある程度、合致している必要がある。そのためには事前の検査が必要です」

 だが、型が合っていたとしても、移植した細胞が、宿主の細胞を攻撃しはじめるGVHDという病気が起こることも。これにより発熱や発疹、肝障害から、最悪、死亡することもある。

「GVHDが発症したら免疫抑制剤を使用することが必要になり、キチンとした施設でなければ対処することは難しい」(竹田特任教授)

民間バンクに保存するメリットは?

「純粋に将来の病気に備えることができるということです」(前出の清水代表)

 民間バンクで保存されたさい帯血は、法律で定められた27疾病に対し血縁者のみが移植可能だ。

 非血縁者では、HLA型が一致するのは数万分の1から数百万分の1とされる。その一方で、両親の場合は約1000分の1と高くなり、きょうだいの場合は4分の1で完全に一致する。ステムセル研究所では、保存した妹のさい帯血を姉の白血病の治療に使用したケースも。

 前出の竹田特任教授は、

「公的バンクは他人の細胞ですが、民間バンクなら自分の細胞を移植することができるわけです。当然、生着もよくGVHDも起きにくい。研究が進めばさまざまな病気の治療法が確立されることが期待されます」

 そして、実際に病気の治療のための臨床研究が行われていると続ける。

「高知大学では脳性まひの子どもに、自分のさい帯血を移植する臨床研究が進められています。海外では、脳性まひの子どもにさい帯血を輸注(点滴で注入すること)したところ、寝たきりだった子どもが、数か月後には身体を動かせるようになるまで回復したケースが多数報告されている。それ以外にも海外ではアルツハイマー病やI型糖尿病、自閉症の臨床研究も行われています」

 事件は、さい帯血をめぐる悪い実情を浮き彫りにした。しかし、将来に向けて期待される側面もある。

臓器移植が必要なくなるの?

「例えば、心臓の組織である心筋細胞をシート状にしたものを作り出し、心臓に移植することで心臓の活動を補うものができるようになるかもしれない。皮膚を作成し、やけどをした部位に移植することも。これらは自身の細胞であるため、拒絶反応も起きにくいわけです。将来的に臓器移植の必要がなくなることも十分ありえます」(竹田特任教授)

 これらを可能とする胎児の幹細胞の特性は’00年ごろに出産した母親の体内から“発見”された。

 その“発見”とは、

「出産経験のある女性が病気のために摘出した臓器を検査すると、男性の細胞が発見されることがあるのです。これは、胎盤を通じて胎児の血液が母親の身体を巡り、その血液に含まれる幹細胞が変化増殖して母親の臓器の一部を構成していたのです。男性の細胞が発見されたのは、女性が男の子を出産していたため。これによって、さい帯血に含まれる幹細胞から、皮膚や臓器の一部が作れる可能性が明らかになったのです」(竹田特任教授)

 男性よりも女性のほうが長生きなのはこれが理由かも?

美容に効果があるって本当?

「さい帯血の移植によるがんの治療や美容への有効性は現段階でいえば研究段階であるため明らかになっていないというのが正確な表現ですね」(厚生労働省の担当者)

 これに対し竹田特任教授は、「さい帯血移植が悪いというわけではなく、効果があるのかわからないものを医療として認めることはできないということです。害を及ぼす可能性だって十分にあるわけですから」と話し、むやみな利用に警鐘を鳴らす。

「プラセンタは胎盤ですが、あれは女性ホルモンが入っています。アンチエイジングに効果があることはわかっているけれども、逆に血栓ができやすくなったりするわけです。高濃度で使用した場合には、重篤な副作用を起こすこともある。効果のあるものは必ず副作用があるわけですから、しっかりとした規制のもとで使用するべきですよね」(竹田特任教授)

 金儲けに走り有効性や安全性がなんら確認されていない危険な治療を患者に提供していた容疑者たちの倫理観が問われることになる。