4横綱が揃ったお台場巡業。左から、稀勢の里、日馬富士、鶴竜、白鵬(撮影/横野レイコ)

 10日から始まった大相撲9月場所。

 横綱・白鵬、鶴竜、稀勢の里の3人が残念ながら休場で寂しい気持ち反面、ケガをしっかり治して来場所に備えて下さい! そして強い横綱たちがお休みしている間、伸び盛りの若手たちが場所を盛り上げてくれるのを期待してます! と、相撲を愛する相撲女子、略して「スー女(すーじょ)」な私たちは、波乱の場所も思いきり楽しむつもりだ。

30年力士にマイクを向けるスー女界の横綱

 そんな相撲への熱い思いをたぎらせるスー女界、その横綱と呼べる女性を紹介したい。横野レイコさん。もし、お名前にピンとこなくても、お顔を見たら「あっ」と誰もが思うはず。

 フジテレビのワイドショーなどで30年以上にわたって大相撲を伝えてきた相撲リポーターだ。若貴ブームのときも、朝青龍の一連の騒動のときも、つらい大相撲八百長問題のときも、そして今の大ブームのあらゆる場面でも、横野さんは力士にマイクを向け、その声を届けてきた。大関や横綱昇進の伝達式、悲しみの引退会見など、常に相撲の現場には横野さんあり、そう言っても過言ではない。

「元々は『3時のあなた』という番組のリポーターになったんですが、その一年後に旧・藤島部屋のパーティーがホテル・ニューオータニで開かれるという、新聞の小さな記事を見つけたんですね。プロデューサーに『これに行きませんか?』と提案して取材に行くと、そのパーティーが若貴(若乃花、貴乃花)の入門発表の場だったんです。

 当時はワイドショー全盛時代で、スター大関の息子である若貴が、大相撲の番付を駆け上がっていくことに魅せられ各局が取材するようになり、以来、私もフジテレビの若貴担当みたいな感じになりました」(横野さん・以下同)

 学生時代からの大の相撲ファンで、歌手の高田みづえさんと結婚した大関・若嶋津の“追っかけ”もしていたというスー女っぷりがまぶしい横野さん。相撲リポーターとして初志貫徹、相撲愛にあふれ、相撲まみれな毎日を送る。

相撲界という男社会での仕事

「本場所前の2週間は毎日、朝稽古の取材に行きます。朝7時過ぎには家を出て、朝稽古は午前中で終わりますが、その後、イベントやパーティー取材にも行きます。場所中は中継の録画をかけて、国技館に出かける。地方場所は出張で行けるのは数日と限られているぶん、東京場所や、近くの巡業などはできるだけ、足を運ぶようにしています。

横野レイコさん

 本当はそんなに通っても場所中は基本、テレビカメラはNHK以外は入れない。でも、常に現場にいて力士たちに『いつも取材してくれている』という信頼感を抱いてもらえれば、彼らの答えもおのずと変わってくるだろうし、こちらの質問の内容だって日々見ていれば『場所前の稽古ではこうでしたが』と聞くことができるでしょう。

 そういうことを怠ると、薄い取材しかできない。労多くして実り少ないけど、私はずっとこうしてやってきたし、これしかできないんです」

 同じ伝える側の人間として、ガツン!と頭を殴られたような気持ちになる、この徹底した取材主義、現場主義。自らを“相撲リポーター”と呼ぶのも、「私はリポーターの仕事でずっときたし、それにプライドを持ってる。常に現場から伝えるリポーターでありたい」という想いからだ。

 とは言え、大相撲という純然たる男社会。女性リポーターが入っていくのは生半可な苦労ではなかったろうが、

「何か言われていたかもしれないんですが、気にしなかったし、気づかなかった。気にしてる暇がなかったんです。それよりインタビューを10分取らなきゃいけないってことに必死ですから」

 という姿勢は、あらゆる仕事をする人への助言になる。横野さん、”私の仕事術”という本を書いてください!

「いえいえ、信じた道を必死に突き進んだら、今があるという、それだけです」

 って、カァ~ッ! それぞ相撲道ではないですか。かっこいい!

お台場巡業で復活したちゃんこ。横綱や大関をはじめ、にこやかな関取たちの食事風景(撮影/横野レイコ)

21年ぶりに復活させたちゃんこ鍋

 自ら相撲道を極め、相撲を伝え続け、『相撲巡業の楽しみ方』(廣済堂出版)という本を、相撲ジャーナリストの荒井太郎さんとの共著で発売。巡業の楽しみ方、裏方さんの仕事、巡業を開催する主催者の“勧進元”になるハウツーまで紹介する濃密な内容で、これは面白い! 

 勧進元になると「土を9~10トン確保して乾燥させておかなければならない」とか、へ~へ~のボタンを押しまくりたくなるトリビア満載。さすが長年、巡業取材をされてる方ならではの作りだけど、横野さんにとって最も思い出深い巡業というと?

「それは私自身が関わったお台場巡業(今年8月23、24日にお台場で開催。フジテレビが勧進元を務めた)です。私が相撲取材をしてきた中で、やりたかったことすべてができた。

 ひとつは、お台場巡業の反物を作ったこと。当日、力士のみなさんが浴衣にして着て来てくれたのを見たときは、嬉しかったですね。そして一番は、ちゃんこの復活。昔は巡業先でもちゃんこを作って食べていたけど、21年前から消防法の関係で火が使えず、お弁当に変わりました。

 今の現役力士達の中には、巡業でのちゃんこを知らない人も多いので、今回は相撲協会から300人分の大鍋をお借りしてちゃんこを作り、おかずは各一門の代表の力士に来てもらい、メニューを決めて作ってもらいました。大変だったけれど、昭和の巡業のちゃんこ風景を復活させることができて、力士たちにもとっても好評でした」

 大相撲の伝統を復活させたお台場巡業には、ケガで巡業を休んでいた4横綱がそろって出場。夏巡業で初めて4横綱がそろったのも話題になった。

「白鵬に、『巡業で初めて4横綱が揃いましたね』って言ったら、『女の人(横野さん)が1人で頑張ってるんだから、みんなが出ようと思ったんだよ』なんて泣かせることを言ってくれたんです」

白鵬との信頼関係

 相撲界を背負う大横綱となった白鵬。長年の信頼関係があるからこそ、巡業も大成功に終わったのかもしれない。そんな白鵬とのエピソードを聞いてみた。

「白鵬が十両で優勝した平成16年の春場所、優勝力士たちの撮影に私は遅れてしまって、白鵬に『ちょっと待ってください、写真を撮らせてください』とお願いしたのが最初です。その後の藤沢巡業で、外国人力士に焦点を当てた『I am a Rikishi』(扶桑社)という本の取材で話を聞いたんです。

『相撲巡業の楽しみ方』横野レイコ、荒井太郎著(廣済堂出版)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 そのときは、まだ十両だった日馬富士(当時は安馬)が一緒にいて、白鵬に質問してるのに横から日馬富士が『この人のお父さんはモンゴルの大英雄なんだよ』とか先に話してしまう。白鵬はただ口をパクパクしてるだけで、まだ日本語もあまりしゃべれなかったのが印象に残ってます(笑)。

 それが今ではあんな雄弁になってねぇ。白鵬は常に向上心があって、積極的なんですよね。“これは何?”ということを恥ずかしがらずに聞けて、納得するまで何度も尋ねてくる。相撲界には細かいマニュアル本があるわけではないから、わからないことも多いと思います。私も白鵬に聞かれたときは、できる限り、全力で応じてきました」

 ちなみに、白鵬と横野さんをつなぐきっかけとなった本『I am a Rikishi』は国技と呼ばれる日本の相撲界で、外国人力士たちが言葉や文化の違いに悪戦苦闘しながらも相撲を愛する心を伝えた良書。日本人力士への期待や愛が過熱することもある昨今だけど、横野さんがずっとフェアな目で力士たちを捉えて愛し、伝えてきたことが分かる。

 9月場所は残念ながら白鵬含む3横綱が休場だが、そのぶん、新しいスターが生まれる予感もヒシヒシ。場所が終われば、すぐに秋巡業が始まる。横野さんの『相撲巡業の楽しみ方』を手に、レッツ秋巡業!


横野レイコ(よこの・れいこ)◎相撲リポーター 昭和62年からフジテレビ『3時のあなた』『おはようナイスデイ』を経て『情報プレゼンターとくダネ!』のリポーターに。30年以上にわたって相撲の世界を取材し、女性相撲ジャーナリストの第一人者に。若貴ブームの時代には、誰よりも近くで彼らの成長を見守り、著書に『お兄ちゃん 誰も知らなかった若乃花の真実』(フジテレビ)がある。また外国人力士に焦点を当てた『I am a RIKISHI』(扶桑社) 、『朝青龍との3000日戦争』(文藝春秋)など多数。

和田靜香(わだ・しずか)◎音楽ライター/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人VSつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。